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まだ、このページがあったのか、と、我ながら驚くわけなのですが。とりあえず、書き込みのテストしてみます。
2005年02月13日
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朝、合唱団長から電話。テノールのパートリーダーやんなさいと、言われた。まったく困ったもんだ。夜、図書館近くのワインバーで役員会。だらだらだらだらした堂々巡る話の中でようやくA4一枚で収まる内容が決まったような決まらないような。車だからワイン飲めないし。やたらと権威を振りかざす指揮者(←おじいさん)、それに反発心を持ちながら表立って批判できない役員。気を使いながらのトークなんて、本質に渦を書きながら接近するようなものだ。眠たい。 こんなところで、役なんて引き受けちゃっていいのかしら、と、思った。僕がやりたい放題やりだしたら、この団、少なくとも指揮者の面をつぶしてしまい、自分もつぶれてしまうのではないか、と、少しばかり危惧。
2004年04月11日
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午後から現場に出て、やたらと水準器を覗いたり、巻尺をあてたりした。出かける際にぱらぱらとした雨足が、西に進むにつれはやくなり、現場に着くころにはなんだかそれなりの雨になっていた。それでも傘をさしている暇なんか無いわけで、ずぶずぶになって現場廻していたんだけど、つくづく、雨が、温かくなったなぁ、と。一時は、みぞれ混じりの雨が地面についた後強風で巻き上がり、顔に当たっていたたたたた…なんてこともあって。しかし、こうも暖かくなってくると、とたんに寒い日を思い出して懐かしくなってしまうのだから、僕という人間もあきれるほどに我が儘である。少し幸せになってみれば、気ままな時期をなつかしんだり、別れてみればさみしがったり。そんなもんだといえばそこまでだが、なんだかとっても後ろ向きだ。楽しくない。と、こんな雨の夜の帰り道も、ま、いいか、なんて思ってみたり。
2004年03月30日
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ごめんよきのう。僕はきのうを大切に生きたか。あなたを愛するために精一杯生きたか。過ぎたことは仕方ないとそんな言うけどさみしい。それでも若いんだ。前を向いて歩こう。よろしくあした。僕はあしたを大切に生きよう。あなたを愛するために精一杯生きよう。生きよう。----------あえて題を振るなら「あしたを生きよう」かな。
2004年03月24日
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そう聞いて、少しドキッとしてしまう自分が嫌だ。
2004年02月18日
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めずらしく、本なんて読んでみた。いや、なんとなく。職場から帰って、飯を食うと日付が変わってるような生活なので「一気に」は読めなかったんだけど、けっこうトコトコいけたかな。(以下、ネタバレ)ふたりの、年相応ではない、落ち着いた物腰はとてもうらやましい。僕はこのくらいの歳にはもっとワタワタしていたよなぁ。アキのちょっと相手を見透かしたような、でも照れ気味で、正直な言葉が大好き。「キスでもしませんか」胸がキュッとなる。楽天にこの本の感想を書いている人には、どうもラストの場面に疑問を持つ人が多い模様。確かに別の女と一緒だもんね。アキへの一途なところを期待していると、どうにも耐えられないものがあるかもしれない。いや、でもね。朔太郎が表向きだけでも、現実の世界を歩き出したのには、僕は、正直、ホッとした。彼が、今後あたかも僧のように、アキへの想いだけを頼りに生きていくことになったら、それは、その場では美しい物語だが、本を閉じた後、彼の今後が、不安だ。彼は、単なる無感動な人間になってしまわないだろうか。…下世話ですか?このラストは朔太郎が自分を客観視できるようになるためのひとつの過程と捉えたらどうだろう。同じ理由で、彼が、灰を撒いたことには意義がある。灰を常に身につける、つまり、アキを常に近くに感じる、そういうことをせず、時折思い出す対象として位置づける。朔太郎が、灰を撒いたのは、アボリジニの聖地でなく、思い出の島でもないことには、ただ安堵。この二箇所に撒かれると、とてもベタでありきたりな感じになってしまうよ。桜吹雪(が、美しいから?)というだけで、撒いた。桜は、アキと朔太郎を密接に結びつける事象ではないだけに、ちょっと驚きもしたが、彼が自分が美しいと思った景色にアキをとけ込ませた、それは、二人をここちよい距離感に位置づけたことにはならないか。寝ます。
2004年02月16日
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日中は窓を開けていなければ暑いくらいの陽気。昼から、うたを歌ってきました。で、こんな日なわけであり、女の子たちがちっちゃい包みを沢山男性諸君に配り歩いてましたよ。私もご相伴に預からせていただいたわけでありまして。手作りのとか、色々よかったです。そこまでは、まぁ、ある話でした。んで、ある子からもらった包みを開けると包みがもうひとつと、便箋が入ってました。何年ぶりですか。こういうの。とても子供っぽい下手糞な字で「…お付き合いをしていただけたら…」と。この子、ミカは今年ハタチだから、5つ下。まぁ、年の差があったところで迷惑条例とかのお世話になりそうもないけど。問題は、僕から見て大して興味を引く子じゃないってこと。何というか、この子と一緒に居たいと思わせるものが、ない。贅沢ですか?ただ、こういうのって、僕が幸せになることと、相手が幸せになることのセット物として考えないといけないから、中途半端な姿勢で恋愛できません。でも、断るとなるとまた、難しくなりそう。相手は同じ合唱団員ですからね。やりかたによっちゃ、互いに居辛い場になってもアレだし。今後どうやっていこうか、一考の必要あり、ですな。とにかく、こんな僕にも拾う神はいるようです。そんな僕のこころは、あたかも今日の天気の様であり。蛇足ながら、もう一方の包みには、個包装された飴がいっぱい入ってました。おいおいおい…。
2004年02月14日
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考えてみたら、ここで報告していないことが一件。歌、うたってます。市井の合唱団に混じって週に1,2回。テノールです。年末には第九もうたってました。「こころに歌がない」なんて自ら罵っておきながら、しっかり歌っていたりしたわけです。いや、うっかりしてた。ここしばらく仕事が忙しくて平日の練習に出られなかったのですが、祝日は、しっかり休んでしっかり歌うのです。いや、やっぱり、歌は良いですよ。
2004年02月11日
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一日寝た。そうか、社会人とゆーのはこんなに凄いもんだったか、と、思い知らされた一週間だった。こんなときにウマい日記なんてちょっと大変。なので、ダレた面持ちで写真をいじってみました。デジカメを買って以来なんだかだ撮り歩いているのではいるのですがいつも風景ばっかですな。どぅーも、人物が入っている写真って苦手なんです。撮られている人が嫌がっていたらやだなーなんて思うかな、とか、考えてしまうわけで。とりあえず、常に何かを表現し続ける。そんな、投げやりなスタンスそのうちにここで歌いだすかもしらんな(ないない)
2004年02月07日
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ここ数日、父の様子が何だか寂しそうだった、らしい。人事の発表で、父は、長年勤めた営業の戦列を離れ、内勤になったとの事。栄転ではない、らしい。後輩が取締役として、会社を背負っていく。勝ち負けで言う、どうやら負け、の、様だ。以上は、母の談。元々、悲観的なタイプの人間だ。これから、みんなで励ましてやらにゃ、ね、なんて話をした後、PCを灯けた。中学の時か。尊敬する人物を「父親」と、書いた。「もっと、偉人とかいるでしょう」笑われた。高校に行っても、尊敬する人は「父親」だった。なぜなら、彼はものすごい凡人だったから。ひたすら身を粉にして、九州へ、北海道へと飛んだ。帰って来る日は月に一日。高校生になったころから、週イチくらいになったのかな。駅売店で買ったのだろうお菓子のお土産がとても楽しみだったな。父に、趣味って、あったっけな?休日も、なんだか仕事してるみたいだもんな。それでも、普通に過ごして、普通に家庭を築き、そして、僕たちが生まれ、曲がりなりにもオトナに育ててくれた。とても大切なことじゃない?父と同じ様に生きようとは思わない。でも、否定できないし、したくもない彼のン十年の重みを、俺は、全力で受け止めたいって、思うのです。あと三年がんばれ、そして「背筋伸ばしなよ」俺が彼女連れてきたときにみっともないからさ。それは、俺もがんばります、の、合図。
2004年02月02日
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コーヒーの楽しみ方には二つあって、まずひとつは、コーヒーそのものの味を楽しむ方法。もうひとつは、それに加えて、周囲の雰囲気を楽しむ方法かと。僕のオフィスは職業柄殺風景になってしまうので、コーヒーの楽しみ方は前者。残業で遅くなるときは、伸びをして、ひと手間かけて、コーヒーを楽しむ。いいよね、そんくらいの贅沢。僕の住んでいるところにはチェーン店は少ない。飲めるのはスターバックスくらいか?東京って、色々あるよね、エクセルシオーレとかニューヨーカーズとか。そんな中で衝撃的だったのが、銀座ルノアールでした。東京時代にNPOやっていたオジサンたちとの打ち合わせに使ったことがあったんだけど、これだけカフェが流行りなのに厳然として「喫茶」という枠を守り通す気概のようなものにあふれているのが、とてもニッチだなー、って感じたのです。そこで「なんでも頼みなよ」って言われて、「じゃ、クリームソーダ」と言ってしまった私は大物なのか、おこちゃまなのか。頭と尻が合ってませんが、今日はこの辺で。-----------銀座ルノアールhttp://www.ginza-renoir.co.jp/ (ニューヨーカーズカフェって、ルノアール系列だったんだ…)
2004年02月01日
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あれほどに、激し、悲しみ、謳った日々がまるで嘘であるかのように、このごろ僕のこころにOneflowの言葉が浮かばない。僕は、社会人になった。それは、半人前ながら「大人になった」ってことなんだろうけど、翻して「子供ではなくなった」んだとしたら、それはちょっと寂しい。僕のこころにうたがなくなってしまったということだろうか。もう暫く悩んでみようかと思う。
2004年01月31日
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なんだか、久しぶりに日記なんて書いてみたりしました。で、そんなに忙しいわけでもないし、描くネタが無いわけでもない。同期にも部署にもかわいい子はいるし、ちょっと「いいな」って、思う子もいる。でも、それを文章にするところまで行かない理由って何なんだろう?ん、まぁ、結局つまるところ自分が文盲なんだってことなのだろうけど、ま、「無理」しない程度にぼちぼちとやりますよ。
2003年06月07日
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うちの部署では、まだ新人はロクな仕事もできないので定時に帰されます。ま、甘いと言ったら甘いんだけど。で、親より先に家に着いて、洗濯物取り込んだりしていると、近所のおばちゃんが来て。 で、色々話をしたんだけど、その最後に、町内だけどちょっとはなれたところに住む幼なじみがお嫁に行ったって話を聞きました。ま、この歳になれば女の子はお嫁に行くのは、まぁ普通かな。 別に高校時代にも、大学時代にも連絡取り合うこともせず、ふつーに近くに住んでた子だったんで、大して気にも留めていなかったんだけど、何だか、ぽっかり心に穴があいたような気がした。 何だろ。好き、だったのかな。…いや。別に!? ただ、思ったのは、昨日出した手紙は、マチガイじゃなかったな、と、いうこと。
2003年04月22日
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このIT時代に、この歳になって。 手紙を書くことがあるんだろうか、なんて、真面目に考えたりして。 もう、何年前になるのかな。高校3年の時。 部活の試合で知り合った他校のおんなのこ。1年生、だったか。カラッとした性格ですぐに打ち解けた。二人で写真を撮って、何度か、手紙を出したりした。平成...8年ごろか?今時の子はメールのことを「電子メール」なんて呼んでいたときのことを知るまい。ちょっとイケている子はポケベルを持ち、休み時間に公衆電話に並んだりしていた(正直、そんなのダサイとおもってた)。 で、僕もその子もそんな文明の恩恵にはあずからずに、手紙を書いた。その子の方が明らかに筆まめだった。僕が東京に出てからもしばらくは文通は続いたが、僕が浪人を決意し、引越ししたあたりから(きっと、僕の不精だ)手紙は途切れた。 それから、6年。膨大な資料の山から、手紙を見つけた。『Dearうっつぃ からはじまる文面を見て、あ、今どうしているんだろ?なんて思い、手紙を書いた。お元気ですか?と。 このメール時代に手紙の持つ意味は、重い。それでもなお、手紙を書こうとしたのは、やはり「好きだった」からなのか。 恐らく手紙は返事も来ないだろうし(彼女もこの6年間で大きく変わっているのだ。僕にとっての手紙の「重さ」は、誰にでも通じるもののはずだ)、そもそも彼女自体上京してしまっているのかもしれないし、田舎の家自体も引越ししてしまっていたら届きようも無い。それでもなお、手紙を書こうとしたのは、やっぱり「好きだった」からなのか。 よくわからないけど、とにかく賽は投げられた。
2003年04月21日
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社会人初めて2週間です。絶対周囲から見て学生気分抜けてないに1000点。で。やっとこさ自宅でネット。しかし応接間にあるPCだから、両親が寝ないとおおっぴらにネットできないぜ!というわけで当面の課題はいかに自分の部屋にネットを引くか、だったりします。で、重要なお知らせですが。このページはまだ閉店ではありませんよー。これからもヨロシクです。よしなに。
2003年04月13日
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ええと、旅行からは無事に帰ってます。そして、卒業しました。で、旅行中も、その後も毎日の様に「飲み」→「二日酔い」を繰り返しているわけで。(いろんなところで名残惜しがっているからね)ただいま、卒論の直しをしております。でも、もうすぐ友達と飲む約束が。えへ。
2003年03月27日
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いろんな人を、ものを、好きになります。でも、「好き」ってどんなことなんだろ。 このあいだ、実家に帰って見たときの事。四方を山に囲まれて、近所のおばさんと話したりして、何だか、安心感というか、ホッとする。これって、僕が実家のことを「好き」っていうことなのかなぁ。 違うかな。何だか、自分がパズルの1ピースとして、あるべきところにおさまった感じ。 そりゃ、東京みたいに便利じゃない。コンビニにATMなんてついていないし、車がないとどこにも行けないし。道は激しく凸凹してるしね。でもね。何か、僕がここにいることが、自然に受け入れられて、僕が「僕」でいられる感じ。 そんな感じでいられるところが、好きってことなのかもしれないし、そうじゃないかもしれないし。 なんて、勝手なこと言っておきながら、明後日からまた旅行です。明日は更新している暇ないなー。 18日まで京都、20日まで白川郷、22日までまた京都。とりあえずデジカメのバックアップ用にPCを持ち歩くため、どこかでつなぐかもしれないし、つなげないかもしれないし。
2003年03月14日
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何か、ものすごく楽天のページが重たいです。どうしちゃったのかしら。ハッカー? さて、例の事故ですが、ぶつけた相手が逃げちゃいそうなので、刑事事件にしてしまうことにしました。面倒くせぇ。金が取れない状況に備えて、生協の共済も使ってみようかな。とかいいつつ、友人の車が全損になったらしく、こりゃ、ただごとではありません。警察用の診療証明だかなんだかをもらいました。神妙にお縄を頂戴しやがれ。 むち打ちが結構厳しかったのですが、整体に通って結構マシに。この際なんで、体の歪みとかみーんな治して貰おうかな、とたくらんでおります。 それでもめげずに今日もドライブに行きます。いざ山梨。
2003年03月10日
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参りました。気心知れた友人たちと旅行に行ったのですが、その途中で事故ってしまって。幸い、こちらが道を譲ろうと停止していた際に追突されたため、100:0で相手側の過失になりそうなんですが、相手がこれまたいい加減な奴で、免許不携帯、自賠責も譲り受けたばかりの車ということで名義換えしていないという有様。3ナンバーの高級車だけに、盗車?みたいな疑い方も出来てしまうだけに、これは無事に済むのだろうか、ちょいと心配。 車は自走できるものの危険な予感がするので、とりあえず帰還。今日学校に帰ってきての更新なのですが、なんだか、学生時代の最後に「事故って相手にスゲー迷惑かけてしまうんだな」っていう教訓が出来てよかったです。ってくらいポジティブにならんとやっていけん。
2003年03月06日
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2月にアパート賃貸の期限が切れましたので、昨日(2日)、親に手伝ってもらい引越しをしました。荷物はみんな実家に運んだのですが、いやはや、僕ってなんて物持ちなんだろう、って強く思ったね。一人暮らしなのに2tワゴンがお腹いっぱいでした。で、今日は東京にいます。あれ?どこに住んでいるんだ、おまえわ。実家に帰ったんじゃないんか?驚くなかれ、今日から怒涛の居候生活始めます。って研究室の先輩に言ったら「彼女の家?」って、言われましたョ。うるせえ。というのも、いまやっているまちづくりNPO活動のまとめをやらんとなぁー、って思ってまして、そんなわけで、一緒に活動しているオバサマのお家に暫く泊めて頂くことにしたのです。ま、そんなわけです。
2003年03月03日
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恥ずかしいことですが、イケメンってのがイケてるメンズという意味だと知ったのは結構最近のことです。 てっきりね、僕はイケメンとは「イケ面」だと思ったりしたのさ。ね、よく「面喰い」とか言うじゃん?と、なると、僕の様な「面喰われず」でも「イケメン」になれる可能性はあるわけか?よっしゃ、頑張ってみよか。 それにしてもメンズ=men’sってなんだよ。メンズ。複数な上に所有格?直訳すると「イケてる男の」男の何かって、とても気になるところですが。 で、頑張るはいいとして「イケてる」って、何のことだろう。
2003年02月26日
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ようやっと、卒論発表を終えました。やれやれ。今回の卒論発表会の目標はただ一つ。「シロウトにもわかること」 これは難しかった。土壌物理の難語である「マトリックポテンシャル」「リチャーズ式」「逆解析」など、おそらく専門家にはこれだけ聞けば僕が何をやろうとしているか分かってしまうくらいの内容なんだけど、これをシロウトさんに分かってもらうのはなんとも骨だ。 いろんなヒトに発表原稿を見てもらった。プレゼン王国であるアメリカ帰りの奴や、文系の奴など、スライドを見せ、原稿を読んで聞かせた。結果、毎日の様にスライドの内容が入れ替わった。先生も呆れ顔「また、換えたの?」って、何度も添削させてしまった。 何で、こんな「乱暴な」ことをしたの?って聞かれたら、僕は学者になるつもりなんてないもんね、という一言につきる。学者が学者に話すんなら専門用語バリバリでもかまわないだろうけど、僕は役人になるんだって。地域のおっさんやおばさんにわかる言葉で喋んなきゃならんでしょうが。で、なんども書き直して、何度も練習しまたさ。最終的には文系の奴も頷く原稿書いてやりましたさ。 結局、緊張して噛み噛みだったんだけどね。 結果からすれば失敗だったのかな。でも、よくやったよ、って、自分に自信の無い僕が胸を張ってられるだけのことはできたかな、と、思ってるのです。 とりあえず、僕の大学生活は、一区切りついたことになる。つらかったけど、楽しかった。
2003年02月25日
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です(って、コレ書いているのは16日だがな)。卒論の締め切りが超迫っているので、感慨とかはまた今度。
2003年02月14日
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選挙のダルマがピンチらしい(ニュースソースは日記の最後)。視覚障害者の方々が「差別、偏見を助長する」って抗議したらしい。うーん、わからなくもない。 ただ、目入れが差別や偏見を助長するかというと、それもすんなりと納得できないものがある。だって、目入れは、「目が見えないこと」を表現しているわけではなく、目が「見えるようになる」ことを表現しているわけで、目入れが「差別」に結びつくと考えるのはいささか考えすぎなような気がする。 だからなのか、申し入れをした障害者協会の萩原氏も「目入れという痛々しい印象を与えるイベントを避けて、くす玉割りなど、やさしく思いやりのある手段にかえていただきたい」と、歯切れが悪い。「目入れ」が「痛々しい」ために、いけないと言うのなら、それは障害者差別とは関係ない。 また、「目がなければ不完全だという差別意識につながる」というのも気持ちはわかる。が、不完全であることが「悪い」かとなると、それも違う。不完全であることは、僕らにとって普通なことなんだけど。----------------------------------------西日本新聞http://www.nishinippon.co.jp/media/news/news-today/news009.html 毎日新聞http://www.mainichi.co.jp/universalon/clipping/200301/348.html 個人サイト(たそがれ親父の人生ノート)http://www2.gateway.ne.jp/~yasunaga/2003nenn1gatutasogarenikki.htm (トップ http://www2.gateway.ne.jp/~yasunaga/ )
2003年02月12日
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ました。つかれた。丁度いいタイミングで雨が降ってきてしまったので、今日は学校に泊まります。
2003年02月08日
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東小金井駅から歩いてすぐのところにあるカフェでご飯を頂いた。NPOでお世話になっている方々と、今日の「お仕事」の反省会ついでに立ち寄ったのです。メンバーの一人が設計したらしくなるほど、シンプルで機能美が追求された、いい感じです。 うまみ、滋味というものを改めて感じました。普段学食のカレーに慣らされているからっていうのもあるかもしれませんが、精米したてのお米やら、柔らかくて鶏の味が沁みこんだ筑前煮、大根葉の白和えなど、もう、たまりませんでした。 みんなでシェアしあう皿にあった魚のフライはお持ち帰りさせて頂きました。明日の朝ごはんにしよっと。 それにしても、持ち帰りOKなところってこの頃少なくなりました。O-157が流行りだしたころからかな。自分の店が原因と疑われるだけで客足が遠のいてしまうということで、守りに入ってしまうのはよく分かるんですけど。 けどさ。そういうのって持ち帰りを選択したお客にも原因の一端があるわけじゃないですか?キレイな厨房で料理を作って、作った側に非の打ち所が無いようにしていれば店が疑う方がおかしいわけで。消費者主権とか言われるけど、それは客が言いたい放題言っていいというわけじゃない。自分の行動にも責任を持ちなさいって。そこまで出来てはじめて「賢い消費者」なんじゃない?
2003年02月04日
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食べましたよ、恵方巻き。これって、元々関西の方の風習だったらしいんですよね。東京ではここ2、3年、コンビニあたりから火がついた感じもしますが、こういう、東京の人間が悪く言うと「マネ」のようなことをしてしまうのって、傍から見てどうなんだろう?って思います。「真似しやがって」と思うのか、それとも「自分たちの文化が広まっている」と、誇らしげに思うのか。 東京の文化って、結局は「吸収すること」なんですよ。面白そうな事があったらすぐに楽しんでしまう、そんな東京気質が僕は大好きなんですけど。だから、すぐに吸収して、飽きたら放りだしてしまう。 ま、これを言い出したら話は東京じゃ収まりそうにないんだけど。ナタデココも、クイニーアマンも、ベルギーワッフルももう昔ほどは見かけない。みんな飽きちゃったから。ベルギーワッフルは、一般的な菓子パンの一つとして生き長らえているか。よく知られた話かもしれないんだけど、ナタデココの原産国の人が日本で売れるってんで増産体制を敷いたら途端に流行らなくなって大赤字になってしまったことがあった。流行りで商売しようとしたのが敗因。 でも、長く続いて文化チックになってしまったものもあって、その代表格がバレンタイン・チョコだろうね。あと、ホワイトデーなんて、日本にしかない行事だし。 その点、恵方巻きは長続きするのかもしれない。なぜならば、年に一回だから。ナタデココみたいに「いつも手に入る」ものだと逆にダレてしまう。その点恵方巻きはバレンタインに近い。 バレンタインかぁ…。 <広告> OneFlowは2/14に一周年を迎えます </広告>
2003年02月03日
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…だと思ったら、何のことはない親知らずでした。下顎骨の上顎とくっついている膨らんでるところが得も言われず痛くて仕様がありません。とても論文どころの話ではないので、早退してファイナルファンタジーやってました(あれ)。 さておき。親知らずは痛いのですが、ちゃんと上向きに生えて来ているのが判っている時は抜かなくてもいいとか、そういうのないですかね。ってか、歯抜かれるの嫌です…。歯医者のチュイ~ンはどって事ないんですが…。
2003年01月22日
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もう60年も昔のことになるのか。東欧、ドイツとその支配地域ではある狂気が行われていた。ユダヤ人の大虐殺。自ら「ゲルマン民族」を世界最強の民族として、その純血種を育てようとした。当時の遺伝学の粋を結集したのかしないのか、大々的な宣伝とその実行により、彼らの愚行は歴史に刻まれた。 人間を規定するよすがとして「遺伝」「血統」といのは大変有効な手段である。何せ、親は選べないのだから。使いようによっては絶対的な価値観となりうる。命を捨ててでも抜け出せない。それが他の価値観とは決定的に異なるのだ。 で、ヒトラーはそれを支配の手段として用いたのだが、彼は決定的な間違いを犯していた。実は、純血は弱いのだ。ダーウィンの法則を思い出せばいい。例えば、ある夫婦から子供が生まれたとする。すると、子供達にはそれぞれ両親の遺伝子がそれぞれの割合で交じり合っている。 ある時期、凄まじい病気が蔓延したとする。しかし、子供達の中に一人だけ、ある遺伝子の組み合わせを両親から受け継いだ子だけがいた。それが「適者生存」であり、それが出来るのが遺伝的な真の強さである。そう考えると「純血(=一通りしかない)」は最も生き残りにくい。 で、今日、ニュース見ていてビックリしたんだけど、バナナというのはその遺伝的な多様性が欠如していて、今絶滅の危機なんだとさ(http://newsflash.nifty.com/news/ta/ta__reuters_JAPAN-101861.htm )。仕方がないから雑種つくろうかってことになるんだろうけど、だいぶ前に沖縄の農業高校で大根+キャベツ=キャベコンを作ったっていうニュースがあったなぁ。バナナも大根やキャベツと交配して、強くなるんだろうか。キャベツ味のバナナ、バナナ味のキャベツ…。ぅぇっ…。
2003年01月20日
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何とも後味の悪い映画を観てしまった。日曜洋画劇場だったのだが、ホント具合悪くなってしまったからだ。これは、吐き出しておかないと。読者の皆様には申し訳ないが、今日の更新は二本立てです(ホントの更新「色と言葉とこころと音と」は、別ページで)。(以下、ネタバレ) 心の闇を抉って見せ付ける映画だった。自分を取り繕う、自分のほころびがバレないのをほっと見ている。あまりに汚すぎる。でも、そんなところが自分ともの凄く重なる気がして。 ワタクシゴトで申し訳ないが、僕は、素直に生きたい。自分に対しても、他人に対しても。でも、自分を取り繕ってしまう。「そんなことしたくないのに」と思いながら、それでもやってしまう。それを「ホレ、こんなに汚いもんだよ」と教えてくれる。 その挙句が「僕のどんなところが良い?」という、何でそれを言ってしまうかな、という台詞。でも、そう言ってしまう人の「自信の無さ」はどこから生まれてきたのか。人を殺してしまった。追われている。多重にウソを吐(ツ)いている。という以前に、リプリーは本質的に自分に自信を持っていない。才能も高く、趣味も悪くないはずだ。第一、自信があればチネチネせずにどーんとぶつかっているはず。例え愛する相手が自分と同姓であっても! 確かに、僕は同姓に惚れた覚えもないし、人を殺した事もない。が、一時ではあれ愛する人を「傷つけてしまった返り血」はぬぐえども決して消えはしない。 時間は経っている。でも後ろ暗い心の中の「リプリー」はまだ、時折うす白い鎌首をもたげてむかってくる。それでも僕は明るく前を向いて生きていかなければいけない、否、生きて行きたいんだ!今夜は矢野顕子を聞いて寝ることにする。
2003年01月19日
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いや、この歳して初めてライブに行きました。渋谷のライブハウス。友人達と男ばかり3人で。しかも、そのライブがパンクときた。最近急上昇中のB-DASH。開演前からみんな上着を脱いでTシャツ一枚くらいになっているもんで急いで自分らも物販のTシャツ購入して着替えるあたりが慣れてないことを如実に示していたりして。男はイケメン(死語?)女は可愛い子が多くて、中々いい感じ。で、開演。全席スタンディングなもので、もう男も女もみんなもみくちゃになるくらい押し合いへしあいで。一曲も終わらないうちにあたりはオトコの体臭と、化粧の匂い。みんな発散しているなぁ。負けじと騒ぐ。でも、みんな若いよ。段々とステージ前中央から端に押しのげられてしまう。眼鏡も跳ね上げられてしまって危うく踏まれそうに。ダイブして観客の上に乗っかっている奴もいた。で、ダイブする奴って、フロア中央の手すりのところに「並んで」順に飛んでいるのね。もう少し勝手にやっているかと思ったら結構そこだけ整然としていておかしかったなぁ。後で友達から聞いたんだけど、こういう激しく動く奴って途中フロア外の廊下でクールダウンしていて、ノリの良さそうな曲がかかるとフロアに入っていくらしい。タチ悪リぃ。中盤以降は割りとおとなしめな後列で騒ぐ。終了後、外に出ると汗でTシャツが凄いことになっていて、まぁ、寒いのね。いかに騒いだかという。帰りがけに渋谷で飲む。ビールが滲みた。久しぶりに動いて、騒いだなぁ。また明日から論文書くぞっ。
2003年01月18日
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色々、考えた。
2003年01月17日
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踏まば立ち 立てば踏まれぬ 霜柱土を被りて なおかがやきたる
2003年01月16日
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新年会兼、一月生まれの人のお誕生日会を呑み屋でやりました。また、馬鹿みたいに飲んだのですが…。楽しくお誕生日できたのはよかったのですが、グループの中の子が一人、「また」泣き出しまして。 この子、研究室の先輩に結構なセクハラを受けていたらしいんです。で、セクハラした人も処罰され、おもて向き彼氏と仲良く学生生活やっているはずなんですが、こういうみんなが集まる「場」で強い方じゃないのにガブガブ飲んで、泣く、ということをくりかえしてまして、今日なんかは誕生日で楽しいムードだったのですが、宴も中盤にさしかかり、大分ばらけてきた頃から、どうも、彼女の周辺がしおらしくなってきまして。見ると、その件で泣いている様なんですな。 こんなことが何回かあったわけで、軽く業を煮やした感じの友人が「今日は、こういう(お祝いの)場だから、そういう(深刻な)話はまたにしないか」てな感じ注意をしたらしいのですよ。すると、この友人に「私は出て行けといわれた」と言って、失踪。しばらくして帰ってきたのですが、その間、残された人は気が気ではなく、探しに行く人も出る始末。問題は、注意をした友人がまたナイーブな男で「勘違いされた」って凹むのです。僕は「いや、お前(友人)が正しいよ」と言うし、事実、女の子は「場をわきまえて」いないと感じるのです。身の回りの数名で飲んで話し込むこともあるようですから。 確かに、セクハラの傷ってそんなにた易く癒えるもんではないし、人の前で涙を見せることっていうのも、彼女の気が晴れればいい事だろうとは思のですが、それにしても毎回やり過ぎなのでは?と、感じるのです。これって、男の勝手な論理ですかね?この日記は女性の読者様が(相対的に)多いので特に女性のご意見を頂きたいものです。
2003年01月10日
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元旦の朝、初詣に行った神社で生まれてはじめて「凶」を引いたうっつぃです。開けましておめでとうございます。 今年も波乱含みの予感。何だかね。年の初めって、ちょっとした出来事でワクワクしたりガクガクブルブルしたりしてしまうのですよ。 で、皆様いかがお過ごしでしょうか。僕はお年始から歯医者ですよ。上前歯の治療なもんだから歯茎に打たれた麻酔が鼻を通り越して眼底まで響くのは朝までドラクエやっていたからだろうか。そして、こんな書き込みを研究室のPCでやってしまっていいのだろうか。いいのだろう。 しかし、この歯医者さん話し上手なのか下手なのか、結構ネタ振るんだけどタイミング悪すぎ。だって麻酔打ちながら、「今日の日経新聞に新しい注射針が載っていたんですよ」「細いから痛くないんです」とか話されて、こちらはなんとも言えずに「あがぁ」とか言うしかないし。「しかし、あんまり細いと折れやすいんですよね」「はがぁ」「体内に針が残ると大変ですからね」「・・・・・・。」「あ、意識あります?」「はぁ」マジな時にそんな恐い話しなくても…。 今年は社会人。もうちょっとネタまみれでもいいかな、とも思うが、その反面無難にやり過ごした方が吉なんだろうな、という想いも。 そんなわけできっと何かにぶち当たる予感を携えながら、本年もよろしくお願いいたします。
2003年01月06日
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早めに来年の準備をしたつもりのトップページですが、まぁ、何をやっても大したこと無いのでいいとして。 本年は、楽天をはじめて色々な方とお知り合いになれたことがベタながら僕の一番の収穫です。その一方でネットの関係というものは、一方から遮断してしまうとそれっきりというもののため、ズボラな上にウエッティマンの僕には、自分が少しサボっているうちに閉鎖されてしまったサイトがあると、少し悲しかったりします。 「時の流れ」という名サイトの歴史への造詣の深さであったり、底抜けに明るくて、でも凄く真摯な姿勢をコトバの端々に垣間見せる「桃色あいこ」さんや、大学生活を始めたばかりの初々しさと正直さを持った「ぴぴろった」さん。彼(女)らは今、元気に暮らしてらっしゃるのか、心配だったりもします。特にぴぴろったさんは御病気の様子が気になります。彼(女)らとはどこかでまた「お会い」したいと、心から思います。 別れの寂しさは出会いの喜びのあとに来るもの。別れを恐れては出会うことすらできないし、出会えたとしても、それは豊かなものにはなりそうにない。ともかくも、このページを通じて知り合えた全ての人に感謝して、今年の更新を終わります。皆様、良いお年を。 新年は3日ほどまで実家に帰りますので、更新はお休みです。といっても元からまばらな更新だから大して状況的には変わりませんが。
2002年12月31日
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新宿で路上ライブがあるってんで、ちょっと行ってきましたよ。道路工事のクレーンまで電飾で飾られ、予想通りどの道もニヤケ噎せ返るカップルに包まれていて、それを眺めながら歩いていると、ほんとに色々なカップルがいておもしろい。 正直、自分がこういう「お祭り」を一緒にすごせる相手がいないというのは寂しいもんだけど、それだからこその楽しみ方もあるわけで、なんて、負け惜しみは言えるうちに言っておこう。 妹の誕生日プレゼントが未だだったんで、小物を買って包んでもらいました。そしたら包んだ袋が蛍光ピンクで、それを入れる手提げが半透明なもんだから、もう大変。ネズミ色のジャンパーにジーンズ、黒いリュックというイデタチの独り者の男がピンクの手提げって!でも、いいや。お祭りなんだから。 大学に戻って、部室で「独り者の会」やりました。ケーキやパイを作る奴、鍋を作る奴。男女取り混ぜて5,6名で朝まで飲みましたよ。友達と一緒にすごす、こんなクリスマスも結構楽しいもんです。飲みすぎて足腰立たなくなったのは計算外でしたが。
2002年12月25日
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昨夜、韓国から帰国しました。強行日程の間にレジャーも強行し、体調崩しながらもドーピング(?)で強行し、十分にソウル、スゥォンを楽しんできました。とりあえずまだ疲れが取れていませんので、寝ます。いい写真たくさん撮れたからそのうちタイトル画面にしてお送りしますね。
2002年12月22日
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○成田までのバス券を買う。○旅行かばんを買う。○防寒服を買う(ソウル寒すぎ)。○留学生の全さんに初歩的な会話を教えてもらう(「ビニール袋は結構です」とか「ここはどこですか」とか)。…ともかく、発表事項(昨日の日記参照)以外のことは全くやっていないんですわ!どうなることやら。「パスポートと発表ポスター持って成田まで行きアトは全て現地調達」っていう豪胆なシナリオもありかと思いましたが、流石に現地でスーツ買えないでしょうし。でも荷物は軽めにしておく予定。動きまわってナンボですから。
2002年12月16日
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私、うっつぃ(24)は、今週半ば(18-21日)に韓国に行って参ります!いやぁ、まさかこんな機会に国境をまたぐ事になるとはね。しかも、この(気候のみならず)クソ寒い冬に、さらに寒い所に行く破目になるとはね。「ソウル女の子の一人でも引っ掛けて来ますわ!」みたいな、強がりを言ってられません。ハングル知らないし。 で、何の用事で行くかというと・・・ソウル大で研究発表です。辛うじて口頭発表でなくポスターセッションということになった為、○発表練習しなくていい。○困った時に助け舟を出してくれる人がいる(かもしれない)。○プレゼンテーションにアニメを加える手間が不要。○発表を見る人と親睦を深めやすい。などの好都合な点あり。しかし、その一方で、●一日中、自分の研究ポスターの前で晒し者(口頭発表なら、最短15分程度でお役御免だ)●プレゼンにアニメを加えられないということは、逆に、 1ページに詰め込む量が多くなる。しかも、英語…。コンパクトなスライドを作るのに苦心。つまりいずれ苦労するッちゅーことですな。で、発表の前日に(なぜ前日…)一日市内観光できるのですが、どこ行ったら良いんだろう。やっぱキムチなんですかね。お勧めのスポットとかあったらどなたか教えて欲しいです。 あとひとつ、19日は大統領選挙らしいです。ソウルっ子の熱狂振りを見られるかもしれない。でも、タカ派の李候補が勝っちゃうと何だか北朝鮮が攻めてきそうな勢いです。無事帰ってこられるかしら…。
2002年12月15日
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この頃の私のお気に入りは↓コレ(画像) イルカよりずっと、愛嬌振りまいて楽しいですよ。特に深夜は自分がポジティブに楽しめるからね。
2002年12月14日
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「暖かい話題を」というリクエストがありましたので、(長考)では、またアシタ(あれ~)。
2002年12月13日
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もう、すっかり冬ですね。今朝、学校に行こうと思ったら、アパートの前に自転車が無いわけですよ。うわ、参ったなぁ、と。学校に行くのに自転車がないとちと辛い僕としては、しばらく途方にくれて家の中に入ったり出たり訳のわかんない行動をしばし。 で、はっと思い立って近くのスーパーに行ってみたら、ああ、あったあった。タネを明かすとですね、昨夜学校帰りに、ふらふらとビールを買いにスーパーに行った訳ですよ。で、その帰りは歩いてきてしまった訳。 歩いていける距離に自転車で行くって、こんな落とし穴があるんですね。歩ける距離は歩いていこうって、運動不足の昨今は、特にそういう風に思うこと多いです。--------------- 今日は誕生日会に行ってきます。トモダチグループのなかに彼女を作ると別れた後も大変です。ま、普通に楽しんでくるけどね。
2002年12月07日
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今日、農場の収穫祭(という名目の飲み会)がありまして、普段お世話になっていてもゆっくり話すことの出来ない他の研究室の学生や教授らとお話する機会を設けることが出来た。 その中で、今後の農業生産がどうあるべきかという話題に関して、教授と大激論になりまして、先方としては軽く赤子の手をひねる感じなんでしょうが、生徒のほうが熱くなってしまって、僕と、もう一人女の子と、先生に食って掛かっていって最後には涙をボロボロと流す始末(二人とも)。 でも、普段自分が考えているスタンスを披瀝することによって、自分の考えの中にある考えの甘さというか穴について知る機会になってとても有意義だった。 普段から、農村地域をどうやって活性化するかということに関心があって、だからこそ国家ではなく地方公務員を選んだのだけど、それを実践していくことの大変さを諭されたような気がして、なんだかとても有意義な時間だった。ひたすら教授の懐の深さを感じたのでした。
2002年11月29日
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ってのは、遊佐未森の歌。ちょっとマイナーだけど、ホッとできる曲がたくさん。さて、現在朝6時半。また研究室で朝を迎えてしまった。あんま徹夜って誇らしいことじゃないんだよね。本当は昼のうちにやることは終わって夜はきっちり寝て、翌朝またやることはやる。っていうのが理想。でも、〆切前は少しコン詰めてしまいがちなので野菜ジュースなんか飲みながらもにょもにょやってます。 夕べは先輩が、飲みに連れて行ってくれた。プログラムが上手く動かなくて「ぷー」ってなっていた僕を引っ張り出して、ジョッキ二杯でヘロヘロ。強くはないけどこんなに簡単に屁たるとわ…。「疲れているねぇ」って言われてしまいました。 で、研究室の床にマット敷いてひざ掛けを毛布代わりにして横になり(だから正確には徹夜ではナイ)、2時間くらいで酔いが覚めると体中の疲れが融けてなくなってしまったみたい!まだまだ、僕も若いもんです(え?
2002年11月24日
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論文締め切りが間近なのに、書けてません…。って色々な人に相談してみたら、結局、「自分が何を書いていこうとしているか」というスタンスが甘かったということに気づかされました。 自分がやろうとしているテーマと、自分が日ごろ考えてきた(つもりだった)ことについて、一晩考えて、ぱっとひらめいて飛ぶように学校に来て見ればデータが不備だったり、シミュレーションが甘かったりで、振り出しではないものの「15コマ戻る」みたいな大打撃を受けつつ、健気(?)にやっています。 ま、更新頻度が悪くて申し訳ないですが、この頃は苔玉に凝りはじめております。学園祭で買ったキュートな苔玉で、上に植わっているのがコーヒーの苗という。あれ?コーヒーって乾燥地に生える植物じゃなかったっけ?とか思ったりもしたのですが、ま、そこらへんは深く考えもせずにやっています。 で、研究室の女の子に「何て名前付けたらいい?」って聞いたら「男と女どっちにする?」なんて聞き返されて、たかが苔玉なのにちょっとエッチな気分になっている僕はやはり休養が必要ですか。
2002年11月20日
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なんやかやで卒論の時期ですが、僕の大学の友人のサイトを見ると中には「忙しい忙しい」って自己顕示の真っ最中なのがいて、これがイヤでイヤでね。この時期忙しくない奴なんていないんだから、「忙しい」ってのは互いの了解事項なんだってばさ。その中でどんだけ自分が日々を楽しいんでいけるかが皆さん日記で読みたいわけだし、第一忙しいんだったら無理して書かないでいいよって思うわけ。それをネタにしようとしている俺も、どんなもんだろうって感じだけど…。
2002年11月16日
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結構、深夜まで研究室に残っていることが多い昨今なんだけど、結構宵の徒然に色んな話をしたりします。 「周りが結婚していく様な歳なんだよなぁ」と、先輩。 結婚ね。したいと思いますよ。 でも、結婚て下手すると(上手くすると、とも言う)ン十年一緒にいるわけでしょ。ン十年愛し合える関係って、どんなんだろう?って、最長一年しかオツキアイしたことしかない私は思うわけですよ。 なんだろ、結局、好きで、それが持続したらいいカップルというか、つまりは結果論なのかしら。だとしたら、なんだか人生ってギャンブルだわぁ
2002年11月13日
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さいたま市が政令指定都市となるにあたって9つの行政区とその名前を定めた。 それにしても、没個性な名前である。北区、南区、中央区、西区…。これで東区があったら、おかしすぎてネタにしかならないが、そこは一歩踏みとどまったみたいだ。ヨカッタ。 これを見ると、そんなにさいたま市は何もないのだろうか、と心配になるが、その中で強烈な個性を発揮しているのが「見沼区」である。 見沼といえば土木をやっている人間にとって思い入れの深い地名。享保年間につくられた見沼代用水は江戸と利根川を結ぶ交通の要として大活躍し、今なお周辺の農業地帯を潤す、水と緑と人間の叡智の結晶である。世の中が環境、環境と叫びながら浪費を続けている今日にあって、静かに昔ながらの自然の営みを続けている土地なのだ。 それが、今、大変な事態を迎えている。行政区名の最終案に対して、反対署名が2万5千。曰く「区名に『沼』が付くと田舎くさい」と、反対デモ行進までが起こったそうだ。流石はさいたま。アタマ数だけは沢山いる。しかし、その頭で何をお考えになっているのかというとかなり心もとないのである。住民投票では「大宮」「与野」「浦和」という旧行政区名を冠した区名が一位を占め、昔からの縄張り意識から解き放たれていない証拠と言えそうだ。 さいたまに住む人は、おそらく自らが「第二東京市」的な立場に立つことを目論んだのではなかろうか。その関心はいかに東京を真似るかにあり、自らが住む土地がどのような魅力を持つものであるかに向いてはいない。百万都市でありながら投票がのべ4万件というあたりがそもそも自ら住む土地への無関心を物語っているとしか思えない。 ぶっちゃけますが、さいたま市は都会ではない。人口は多いが、都会であることを誇示できる様な社会基盤が整っている訳でもない。今は、自らの住む土地の魅力を発見し、豊かな生活とは何であるかを考えるべきなのではないだろうか。このままではさいたまは、彩の国が聞いて呆れるような土地になってしまう。【参考】区名投票結果http://www.city.saitama.saitama.jp/welcome/major/tohyo/kekka.html さいたまシティネット行政区名最終案http://homepage2.nifty.com/saitama-city/saitama/extra6_kumei/top.html 見沼たんぼhttp://www.minuma.com/
2002年11月12日
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