水彩画紀行  スペイン巡礼路 ポルトガル 上海、蘇州   カスピ海沿岸からアンデスの国々まで

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美しい言葉 風花


作ったんだろう。

そのひとつが  風花

晴れた空の遠くで雪が舞っていて、

それがはるばる飛んできた、

はぐれものの粉雪。

ふっと心をなごませるものあり。

お前もはるばる旅してきたんだなあという

いたわってやりたくなるような思い。

どこか、自分に似て、ふらりふらりと

さまよってただようのが好きな奴のようで・・・。

それを風の花と名づけたのは、よほどの風流人。

もうひとつ好きな言葉が 「風の盆」

富山の八尾の町で9月の1,2,3日の3日間にくりひろげられる

三味線と胡弓と踊りが溶け合った優艶な世界。

深夜や明け方の八尾の寺町の通りを、しずしずと

踊っている姿はほんとうに夢幻の境。

言葉のイメージと実態がぴったりと一致している。

宿が取れないので、お寺の境内に寝袋で寝たりして

2度も通って絵を描きました。

晴れた日に遠くからはぐれて飛んでくる風花は

どこかに淋しさと懐かしさを感じさせる。

その風花に人々がどのように出会い

感じたかを記しているのが「歳時記」。

異郷を旅する時にもかかさず持って行くと

感じている心の奥に言葉が見つからない時

より明瞭なとらえ方を教えてくれます。


粉雪が飛んできて、ふと手を伸ばしたら、

その手にも夕日の色が迫っていたという淋しい句

風花やわが掌染めたる夕日影   石田波郷

かっと眼を見開いたまま

捨てられた人形

まるで粉雪に驚いたかのようにと詠った句

 捨て人形風花に眼をひらきゐる  能村登四郎

まばたきもできない人形の

悲しみのようなものを感じさせる名句です。

この方には晩年の日常を詠った素晴らしい句集がある。

感動して、沖というその俳句の結社に電話したら、

出てきたのは、なんとご本人。

句会に参加するように誘われました。

この先生を慕って集まった方の句会は100人近い。

不思議なことに、どんなに句がよくても

10人位しか良いといわない。

それほど人の感じ方はさまざま

名前を忘れたけど僕が好きだった句は

  満月がゆらりと海をつき放つ

この句会でほめていただいた句が

  澄む秋の星に音色のあるごとし


おかげで、句会の後の楽しい宴席で、

はじめて先生の隣に座らせていただきました。

何を話そうか迷って次の自作の句の感想を求めました

おぼろ夜をネオンは律儀すぎるなり

自信の句だったのですが

「ネオンと言う言葉がきらいだ」の一言。

この潔癖で高貴な先生は「ネオン」と言う言葉に

昔の遊郷の不潔さのようなものを感じておられたよう。

無機質な感覚はあってもそう言う感じ方にはびっくり。

やはり人の感じ方はさまざまと思った次第。

しかし晩年まで驚くほど若々しい感性の素晴らしい方でした。


赤ん坊はときおり無意識に手を動かす。

ちょうど飛んできた風花をつかもうとするかのように。

そんなこまやかなその観察力は女性のもの

風花や赤子の指の夢に舞ふ 夏実

美しい句です。


風の盆にも子供をうたった名句あり。

風の盆ひとつ遅れて子の身振り  石寒太

親の身振りに必死についていこうとする子供の

けなげな姿をほうふつとさせてくれる句

この風の盆は美しい二十歳の乙女たちが皆

深編笠で顔を隠しているのにとても風情があります。

そこで最後に僕の作った句をひとつ


盆灯に眉引きなおす踊り笠 


長い日記をつけるよりこの一句で

その時の旅の夜の思いが余情をもってよみがえり

広がっていきます。

この凝縮された簡潔な表現のおもしろさを

今日から試みてみましょう。

それは一瞬の心の詩的な軌跡でありながら、

一生忘れない心の日記ともなります。

今日は人形にちなんだ絵を添えてみます。

ちなみに右のふたつは海外で求めた人形で

左の人形は亡くなったかみさんの作品です。

美人で剣道2段で、テニスのトロフィー数知れず。

いつも風花のようにただよっていた私に

不平もいわずに、尽くしてくれました。

夢で出会ったら謝ろうと思うことあまた。

しかし、なかなか夢に現れてくれない。

こう書いてるだけで涙がでてきました。

人形



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