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数刻前まで 湧き水が如く満ち溢れていた
リヴァイアス
の生気は 既に微塵も感じられない
剥がれ落ちた表皮は言うに及ばず
あの逞しい体躯は どう贔屓目に見てさえ 一回り以上も細く見えた・・・
月光 を握る五指は枯れ その表面には素斑が そこかしこに浮かぶ
自然な老化などではありえず 何らかの負の要素が
リヴァイアスを蝕みはじめているのは誰の目にも明らかであった
観衆の大多数の視線が リヴァイアス に注がれる一方
対峙する 死渇
にも 僅かな変化が起こり始めていた・・・
眼窩は窪み 頬は著しくこけ あの漆黒のような黒髪さえ 白色に染まりはじめた
勝利を目前とし 万雷の喝采の中 勝ち名乗りを受けるはずの死渇に
冥府への扉を潜り抜けようとした者のみが浮かべる死相が
何故 見え隠れするのか!?
「・・・飽き足らず 我の魂まで 喰らうかよ 村正」
死渇
の錆びれた声は 自らの肉体が 大地へと倒れこむ音に掻き消されていた・・・
村正
という太刀が いつの世から その姿を現し始めたのか?
ある者は この世界と同時に存在していたと言い
ある者は 隆盛の末に滅亡した古代文明より生み落とされたとも言う
数多の風説の中でも 年老いた語り部が
独り言のように話す物語に 興味深い一説が見受けられた
これが 死渇
が倒れる直前に 言い放った言葉の真相に繋がるか 否か・・・
皺だらけの口からのぼる話は にわかに信じられぬ話であった
この世界の根底を司る存在
「木」 「火」 「土」 「金」 「水」 の五大元素
それらは 万物を生じる糧とされ この世界を構築する全てであると言われる・・・
五つの元素は 自らを媒体として 数多くの生物を進化させたが
それと同時に破滅へと導く事も 数多(あまた)である
唯一 不変の理(ことわり)は その御霊(みたま)を無力な者へは委ねはしなかった
遥か古代 隆盛をほこり 生物としての頂点を極めた竜族は
特殊な言語を話したばかりか 古代魔法 をも生み出し 隆盛を謳歌した
その尽きぬ 貪欲な欲望は留まる事さえ知らず
更なる高みを目指し 五大元素までをも 己の物として得ようとした
その結果 分不相応な たかなる望みは身の破滅を 容易く呼び寄せたのである
天の怒りを買い その身を焼き尽くされた上に
人とは比較にならぬほど発達した知性さえも同時に失うに至る
気の遠くなる様な年月を重ね 獣にまで なりさがった 飛竜種
に見られる名残は
竜族達の 悲しき亡骸やも知れない・・・
歴史は繰り返すのだろうか・・・
爪も牙も持たぬ人にとって 他種との生存競争に生き残る為には
自らに備わった五体以外に 他種を圧倒する何かが必要であった・・・
自らが生き残る為 原始的な棍棒から始まった武具の歴史は
飛躍的な進歩を遂げたが
依然 強大な飛竜種に対して決定的な決め手を欠いたのも事実である
爪牙をも物ともしない武具を生むは当然だが
五大元素の名残を 内に潜む飛竜に対し
意思を持たぬ武具など何の役に立つだろうか?
人の知性も貪欲であった
争いの果て 死後数日経過しても
高熱を失わない リオレウスの死骸に目をつけた武具職人 リンド
は
この燃え盛る炎から目を離せずにいた・・・
「なぜ 竜族どもは 火という強大な力を その身に宿す事ができるのだ・・・?」
「この力さえ取り込むことが出来れば・・・」
死骸の前に座り込む リンド
の姿は幽鬼を思わせるほど 蒼褪めている
数日の後(のち) ギルドからの依頼を受けた解体屋のダイモは
雷鳴に打たれたかの様に立ち尽くすリンドを見かけ
まるで天啓を受けた信者の様だったと語った
長年の度重なる研鑽と その尽きぬ執念は 竜族でさえ成し得なかった偉業を生む
ついに リオレウス
の業炎を 刀身に帯びた剣(つるぎ)が生み出されたのである
その剣は 鍛冶屋の名をとり 龍胆 と名づけられた
森羅万象を司る五元素を 竜種という犠牲の果てに
矮小たる人の手に落ちたるは 竜族自身の過ぎたる欲望の招いた結果か・・・
続々と生み出される 強力な武具達
アルビノ種の内臓とマカライト鉱石を溶解させ
雷の属性を帯びた武具は 水棲生物に絶大な効力を発揮し
氷河の山脈に群れを成す牙獣種の鋭爪を備えた武具は
斬られた生物を瞬時に凍結させるに至った・・・
武具の隆盛は頂点を極め それらを背景に 人はそれまでの勢力図を一変させ
狩られる者から 狩る者へと姿を変える
飽くなき人の欲望は それだけに収まるはずも無かった
天に背き 自らを滅ぼした竜族のように
「繁栄」という大儀を掲げ 人と人 果ては 国と国とが領土を巡り
不毛な殺し合いを繰り返していくのである・・・
五元素の 「木」 「火」 「土」 「金」 「水」 では飽き足らず
「人」
に対し 特化した武具を生み出すことは出来ぬのだろうか・・・?
そう結びつけた 東の大地に位置する 時の権力者 ヴェルツ
は
戦(いくさ)という狂気に取りつかれていたのだろう・・・
奴(ど)と呼ばれる最下級の平民を数百人集め
煮え滾る溶鉱炉に次々と叩き落したのである
燃え盛る炎は 瞬時に奴の身も魂さえも焼き尽くし
その立ち昇る匂いは押し込む屈強な兵士達でさえ顔を背けた
泣き叫ぶ悲鳴が奔流のように重なり 怨嗟の炎となって 国中に響き渡ったのである
精神の弱いものは 変調をきたし 数多くの狂い人を生んだ
数百人の命と 一握りの玉鋼から 生み出された一振りの刀身
村正
が 呪われた産声をあげた瞬間である
ヴェルツ
の思惑は正しかった・・・
村正を操る術者は 鬼神の如き力を発揮し 数百 数千と対峙する相手を惨殺せしめた
斬られた相手は ことごとく生命を吸われ 枯れ果てるが
人の理を超えた代償として 村正を振るう術者の生命力をも
自らの贄(にえ)に欲したのである・・・
数々の優れた術者の下を渡り その都度 繰り返される惨劇
いつしか 膨れ上がった怨念は 生みの親とも言える ヴェルツ
の命を
奪っただけでは 飽き足らず 次なる贄を求め次なる主(あるじ)の訪れを待つのである
未来永劫 晴らされる事のない怨嗟の炎を鎮めるために・・・
静寂に包まれた闘技場で
村正
だけが 自らの意思を持つかのように 妖しい鳴動をくりかえすのだった・・・
続く・・・