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2026.06.02
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カテゴリ: 書籍


星空をつくる機械 プラネタリウム100年史 増補版

星空をつくる機械 プラネタリウム100年史 増補版

 プラネタリウムに出かけよう。本書を読んだあなたには、必ず新しい発見があるだろう。あなたのプラネタリウム体験は次の100年の歴史の1ページである。
著者・編者 井上毅=著
出版情報 KADOKAWA
出版年月 2026年3月発行

天体運行儀の歴史は、古代ギリシャの高度な技術に始まる。アルキメデスの装置は天球儀と天体運行儀を融合した先駆的な存在であり、その系譜はアンティキティラ島の機械に見られる。この歯車技術はビザンツ帝国やイスラム世界を経てルネサンス期の機械式時計へと継承され、ドンディらによる天文時計の発展を促した。やがてコペルニクスに始まる科学革命により天文学は刷新され、大航海時代には国家的に重要な学問となった。天体運行儀は研究用模型や装飾品として発展し、ガリレオやケプラーの成果を反映した精密な機構も作られた。さらに教育用途にも広がり、アイジンガーのプラネタリウムが誕生した。

現存最古のプラネタリウムはアイジンガーの作品である。1774年の惑星集合により終末不安が広がる中、彼は誤解を正すため太陽系模型の製作を決意した。独学で天文学を修め、自宅天井に精巧な模型を完成させ公開し評判を得た。政治的混乱や破損を乗り越えて修復・改良を続け、生涯公開を続けた。装置は高精度で現在も稼働し、2023年に世界遺産に登録された。こうして天球儀と天体運行儀は交錯しつつ進化し、20世紀に両者の系譜が合流するに至ったのである。

近代プラネタリウム誕生は技術者オスカー・フォン・ミラーの情熱に始まる。電気工学と展示に生涯を捧げたミラーは、科学技術を文化として示す場としてドイツ博物館を構想し、星空展示を求めて光学企業ツァイス社と連携した。紆余曲折の末、バウワースフェルトらが中央投影式という革新的発想を生み、投影機で恒星や惑星の運行を再現する近代的プラネタリウムが開発された。第一次世界大戦による中断や技術的困難を乗り越え、1925年にドイツ博物館で公開されたツァイス?型は「イエナの驚異」と称され、教育と娯楽を融合した新たな映像文化として世界的な影響を与えた。

日本におけるプラネタリウムは、戦前から紹介され、人々の憧れの装置として普及していった。1937年に大阪市立電気科学館、翌年には東京の東日天文館にツァイス?型が設置され、多くの来場者を集めたが、東京の施設は戦災で焼失した。一方、大阪の機器は戦後も残り、人々に希望を与えた。戦後復興期には文化への需要が高まり、1950年代には博覧会や地域振興を背景に各地で天文台が整備され、宇宙開発ブームと相まって天文への関心が高まった。ツァイス社製プラネタリウムが各地で重要な役割を果たす一方、国産機の開発も進み、ミノルタや五藤光学研究所などが独自技術を確立した。学校教育への導入も進んだが、指導者不足から十分活用されない課題も生じた。

1970年代以降はコンピューター制御の導入により、録音音声と連動するオート番組が登場し、娯楽性を高めた演出が可能となった。1978年開館のサンシャインプラネタリウムはその象徴であり、新たな観客層を開拓した。さらに科学館との連携や自然史分野への拡張も進み、プラネタリウムは総合的な科学展示の一部として位置づけられるようになった。1980年代には傾斜ドームや大型映像を組み合わせたスペースシアター型が登場し、自由な視点移動や宇宙的視野の再現が可能となり、国産技術は世界的水準に到達した。しかしバブル期には施設の急増に伴い、画一化や運営の質の低下といった問題も指摘された。こうした中、教育機関としての在り方が再検討され、運営や設備に関する指針がまとめられた。

1980年代以降はデジタル技術の導入が大きな転機となる。米国で開発されたデジスターは、コンピューターグラフィックスにより宇宙空間を自由に移動できる革新的な表現を可能にした。日本でも1990年代に導入され、従来の光学式では不可能だった星の動きや宇宙視点の変化を再現できるようになった。さらに光学式との併用や全天周映像の発展により、作品性の高い番組が制作され、プラネタリウムは教育と娯楽を兼ね備えた総合的な映像空間へと進化したのである。

プラネタリウムでは音響が重要であり、音は主にドームスクリーン裏のスピーカーから発せられる。ドームは存在を意識させない設計が求められ、光と音の反射・吸収のバランスが重視される。星を鮮明に映すため白系が基本だが、映像投影では迷光防止のため灰色が適する場合もある。音響改善のため素材は漆喰からアルミパンチングボードへと進化し、吸音構造が工夫された。さらにスピーカー配置や多チャンネル化により、臨場感ある演出が実現されている。

プラネタリウムは近年、多様な形で広がっている。移動式プラネタリウムは病院でも活用され、外出困難な人々に星空体験を届けている。家庭用ではの「ホームスター」が普及し、VR技術も導入されている。明石市立天文科学館ではヒーロー企画や「熟睡プラ寝たリウム」など独自イベントが人気を集め、参加型体験として全国に広がった。近代プラネタリウムは1920年代、相対性理論や量子力学の黎明期と並行して誕生し、科学発展とともに人々に新たな宇宙観を与えてきた。

著者の 井上毅  ( いのうえ たけし )  さんは、明石市立天文科学館に勤務している文芸院で、同館のプラネタリウムの生解説を担当している。

本書では、「アンティキティラ島の機械」はオーパーツではなく、機械式時計のルーツという見解が紹介されている。また、アルキメデスが作ったとされる、天球儀の中に高度な天体運行儀が組み込まれていた伝説の装置との関係性も紹介している。その意味では、映画『 インディ・ジョーンズと運命のダイヤル 』でタイムトラベルを起こすアイテムとして登場し、アルキメデスと邂逅するというシーンが出てくるのも、納得のいく設定である。

第4章以降で日本へ導入されたプラネタリウムの紹介があるが、よく通った渋谷・五島プラネタリウム、池袋・サンシャインプラネタリウムはもちろん、著者の井上さんが解説員を務める明石市立天文科学館(東西ドイツに分離されたツァイス社の東側のツァイス・イエナ社が製造したUPP23/3が設置)も登場する。また、 野尻抱影  ( のじり ほうえい )  さん、 鈴木敬信  ( すずき けいしん )  さん、 村山定男  ( むらやま さだお )  さんといった、天文少年にとって忘れられない先達の方々や、手塚治虫さん、小松左京さん、筒井康隆さん、そして、プラネタリウムメーカーとしての五藤光学研究所やコニカミノルタ、大平貴之さんが設立した大平技研など、馴染みの名前が並ぶ。

私は、中学・高校時代、学校に設置されていた五藤光学研究所のプラネタリウム「S-3」を使うことができた。生解説用の機体だったが、学園祭の上映会では、テープデッキを持ち込んで半手動のオート番組に取り組んだり、プロジェクターを併用した科学解説、4チャンネル・テープデッキを使って音響に力を入れたりした。上映を始め、太陽を沈めて城内を真っ暗にして数千の星空がドームに映ったとき、多くの人からどよめきが上がるのが一番嬉しかった。社会人になって、お客さんに自社技術を分かりやすく説明するのに、いろいろな工夫をしてきたのも、このときの体験があったからだろう。

井上さんが言うように、「人工知能(AI)によって自動生成された星空解説が登場する日も遠くないだろう」。プラネタリウムの100年の歴史の半分を見てきた私としては、常に最新の技術を活用しているプラネタリウムはやはり凄いと感じるし、自分もそれに負けないよう仕事を続けていきたいと励まされる。






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最終更新日  2026.06.02 12:17:24
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