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月野 かぐや

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2005年05月08日
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カテゴリ: 考えちゃうこと
私は昔から
嫉妬
という感情に恐れを抱いていた。

いつ頃からか
はっきりとは覚えていないけれど
高校生のときまでには
しっかりとした
恐れが確立されていたのは確かだ。

なんでもそうだが

自分のためにならない、と思う。

でも「嫉妬」という感情だけは
どうしても恐くて
そんなに
「恐い、恐い」と思うワケに
自分がほとんど感じない感情だから、
という理由も含まれていた。

それがこの間、ちょっと理由が見えてきた。

嫉妬というのは
相手を失うかもしれない恐れの裏返しだと言うのだ。

そっかぁ~、


それで私は今まであまり感じたことがなかったのね。

私は独占欲があまりない。

友人を独り占めしたい、
と思うことはあまりないし
たまにそう思っても

後にも先にも私が唯一の友人、
とは誰にも思われたくない。

だから友人関係において
長期的な嫉妬を感じることはほぼない。

付き合ったことがある人とも
もともとの人数がすごく少ないだけでなく
あまり「この後・・・」
「この人と将来・・・」
という夢想をしてこなかった。

そういう、現実的に実行不可能な未来のことなんて
話しても仕方ないのなら話したくないし
話せないことならば考えたくない、
という思考回路をしているのだ。

だからちゃんと付き合ってる相手でも
この状態がそのまま限りなく続く、と思ってないし
気分的には
「その場限りのお付き合い」であり
気持ちは次の日にその関係が終わっても
平気でいられるように準備していた。

そういう状態で嫉妬が入り込む余地はなかった。

なぜかと言うと
嫉妬を感じそうなシナリオになったとたん、
「ああ、これはもう終わりなのかも知れないなあ」
とちょっとさびしくなって
関係を打ち切る準備を始めてしまったから。

いつでも別れてオッケー状態だったわけだ。

だから
嫉妬は「これが終わるかもという恐れの裏返し」
という説明がピンとくる。

友人に関しては、
そもそも友人関係というのは波のあるもの
と了承してる反面、
よほどのことがない限り
「終わる」ということがないと信じている私がいる。
だから「終わるかも」という恐れ自体が無意味になる。

恋愛に関しては
実際の付き合い方はどうであれ
いつ終わってもいいように心の準備をしていたから
「終わるかも」という思いが
すでに恐怖の対象ではなくなっている。

というわけで
自分は嫉妬を感じにくい
心の構造をしていたのだなぁ~
と納得するとともに
「嫉妬」という気持ちの構造が少し理解できたようで
私の嫉妬に関する恐怖心は少し薄れたようだ。

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プチッ!






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最終更新日  2005年05月10日 06時47分09秒
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