1
気まぐれ小説です。なんとなく思いつきました。長編になりそうな予感??気まぐれに更新します。ディスタンス<第1話>昇降口に着くとちょうど始業のベルが鳴り奈津子は足早に祐也の教室に急いだ。子供が3年生になって初めての授業参観。今日は懇談会で役員決めがあるから授業だけ見て後は祐也と一緒に帰ろう、スリッパをパタパタさせて歩きながら思う。給食室の前を通り階段を昇ると母親たちが遠慮がちに教室の入り口付近に固まっていた。「お母さま、もっと奥の方へお入りください」担任の声にみんなゾロゾロと中へ入っていく。子供たちはそれぞれ自分の母親が来ているかどこに立っているのかキョロキョロし、母親の姿を確認して安心したり、手を振ってたりしている。祐也は窓際の前から2番めの席で、ちらりと後ろを向くとまたすぐに前を向き椅子を引いて背筋をのばした。今朝、奈津子が「ダラダラしないでちやんと先生の話し聞いてよー、お母さん今日ちゃーーんと見てるからね」そう言って送り出したので祐也はにわかに緊張しているらしかった。黒板に「2けたのかけ算」と書き終えた担任の佐々木法子が「はい、では日直さん、挨拶」とくるりと振り向き、手についたチョークをパンパン叩いて、まっすぐに顔を上げた。「あっ」奈津子は思わず声を出しそうになった。髪はショートになっているが一重なのに大きな目、ちょっと頼りなさげな下がった眉、変わっていない、12年前のあの女だ。「ササキノリコ」・・・そうだ、そういう名前だった。祐也から名前を聞いても、学年便りの担任紹介を読んでもピンとこなかった。その名前を思い出したとしてもまさか祐也の担任になるとは夢にも思わない。それなのにこんな所で再会してしまうなんて・・・。祐也の担任。あのときは教育学部の学生だったが教員免許を取り、教師になったんだ・・・。奈津子の手は汗ばみトートバックの中からハンカチを取り出して握りしめた。一学期が始まってすぐ、「赴任してきた担任の先生、どう?」と祐也に聞くと「怒るとコワイ」と言ったが「そりゃ、怒られたら恐いに決まってるじゃない、ちょっと祐也、あんた、もう悪いことしたのお?」そんなやり取りが頭をよぎる。遅れて入ってきた小川有人の母親が小さく会釈して奈津子の隣に列び、今年も同じクラスでよかったね、と言った。あの女は祐也が修二の子だということを知っているのだろうか?知らないわけはないだろう。家庭調査票に保護者の名前も勤務先も書いてある。祐也の担任になってどんな思いをしているのだろうか。祐也は先生は結婚していないと言っていた。時間も随分たっているから向こうもなんとも思っていないかもしれないがやはりこの1年間気まずい思いをするのは免れないのだろう。修二には話した方がいいのだろうか・・・。しばらく授業を見た後、有人の母が小さな声で「今度の先生ってやさしそうだけど頼りなさそうね、生徒になめられちゃうんじゃない」とささやいたので「そうだね」と奈津子も小声で言った。でも、本当に怒るとすごく恐いんだから・・・12年前のことを思い出しながら、心の中でそっとつぶやいた。 <つづく>
November 10, 2005
閲覧総数 6