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●『新作映画・そして僕自身のためのノート』連載第4回目
ようやく数日後、すこしはその状況にも慣れ、
「働く子どもたち」と出会うことになった。
気を落ち着けてみると、マニラ市街地では物乞いや
観光客目当ての花売りなどをしながらも、
家族と路上生活しているストリートチルドレンと呼ばれる
子どもたちが数えきれない程たくさんいた。
彼や彼女らは、学校にも通わず、5,6歳ぐらいから仕事をはじめ、
しばらく観察していると、必ず当たり前のように、
満面の笑みで、母親に稼ぎの大半を渡していた。
「なぜ、この国ではこんな子どもたちまでが働いて
一家の稼ぎ手になっているのか・・・」
この光景は確実に僕の頭の中にある日本での常識を
吹き飛ばしていた。
その後、僕は、「もう二度とこの地には来ない」と心に決め
帰国の途についたつもりだが、なぜか飛行機が成田空港に着いた
瞬間、またすぐフィリピンに引き返したくなっていた自分がいた。
たぶん、僕の心の中は、何をしてでも食べていけた日本での暮らしに
魅力を失い、心躍る何かに飢えていたのだと思う。
たった1週間のフィリピン滞在だったが、
僕の心のどこかの震えはまだ収まることなく、体の中の血は
まだ沸き立って動き回っているかのような感覚だった。
初めて訪れた国、フィリピンで初めて命の危険を感じ、
自分以外はだれも信じられない状況に追い込まれ、
マニラの働らくストリートチルドレンたちとも出会い、
子どもたちの屈託のない笑顔に魅了された僕は、
ついに1989年1月、運よく映画製作資金の一部の都合もつき、
なかば日本を捨てる覚悟(日本から捨てられる覚悟でもある)で
また貧しき国へと旅立った。
~以上、四ノ宮浩監督手記、
『新作映画・そして僕自身のためのノート』より転載~
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