現在は、ブルース・リーの死後に編集・発刊された『Tao of Jeet Kune Do(1975)』や『The Tao of Gung Fu(1997)』という書物で、彼の思想や哲学の体系を垣間見ることができます。前掲の二冊も「道(tao)」という文字を冠していることでも分かるように、ブルース・リーが影響を受けた思想というと、まずは老子、荘子、禅仏教。禅に関しては鈴木大拙やアラン・ワッツからの影響が見られます。後は孫子、孔子。西洋哲学で興味を持っていたのは、デカルトとスピノザだったようです。哲学者・ブルース・リーの横断的な解説書としては、1997年に発刊されたジョン・リトルの『ブルース・リーノーツ 内なる戦士をめぐる哲学断章』がオススメです。
“Don't think! Feel! It is like a finger pointing away to the moon. Don't consentrate on the finger,or you will miss all that heavenly glory.” (考えるな!感じろ! 月を指す指のようなものだ。 指に注意を向けるな、そんなことでは天の美を見失ってしまうぞ。)
「以無法為有法 以無限為有限(無法を以って有法と為し、無限を以って有限と為す)」もそうですが、ブルース・リーの思想の一番根本的な部分を短く表現すると、やはりこれ。 “Empty your mind, be formless, shapeless - like water. Now you put water into a cup, it becomes the cup, you put water into a bottle, it becomes the bottle, you put it in a teapot, it becomes the teapot. Now water can flow or it can crash. Be water, my friend.” (「心を空っぽにして、どんな形態も形も捨てて水のようになるんだ。 水をコップに注げば水はコップとなるし、 水をティーポットに注げば水はティーポットになる。 水は流れることも出来るし、激しく打つことも出来る。だから、友よ、水のようになるよう心掛けることだ。」(日本語訳は『Cowboy Bebop』#XX よせあつめブルース より))
≪われわれはおのれの役を立派に勤めるためには、その芝居全体を知っていなければならぬ。個人を考えるために全体を考えることを忘れてはならない。この事を老子は「虚」という得意の隠喩で説明している。物の真に肝要なところはただ虚にのみ存すると彼は主張した。たとえば室の本質は、屋根と壁に囲まれた空虚なところに見いだすことができるのであって、屋根や壁そのものにはない。水さしの役に立つところは水を注ぎ込むことのできる空所にあって、その形状や製品のいかんには存しない。虚はすべてのものを含有するから万能である。虚においてのみ運動が可能となる。おのれを虚にして他を自由に入らすことのできる人は、すべての立場を自由に行動することができるようになるであろう。全体は常に部分を支配することができるのである。 道教徒のこういう考え方は、剣道相撲の理論に至るまで、動作のあらゆる理論に非常な影響を及ぼした。日本の自衛術である柔術はその名を道徳経の中の一句に借りている。柔術では無抵抗すなわち虚によって敵の力を出し尽くそうと努め、一方おのれの力は最後の奮闘に勝利を得るために保存しておく。芸術においても同一原理の重要なことが暗示の価値によってわかる。何物かを表わさずにおくところに、見る者はその考えを完成する機会を与えられる。かようにして大傑作は人の心を強くひきつけてついには人が実際にその作品の一部分となるように思われる。虚は美的感情の極致までも入って満たせとばかりに人を待っている。(岡倉覚三著『茶の本(“The book of tea”)』第三章 道教と禅道より)≫