東方見雲録

東方見雲録

2023.12.12
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カテゴリ: 政経
いまにして思えば、リクルート事件は、日本という国が「昭和の時代」から「平成の時代」に変遷していく際に起きた「痛み」「膿」と言えた。換言すれば、「平成の時代」になっても、政界が「昭和的なこと」を相変わらずやり続けていたことに対する懲罰である。

昭和というのは、日本にとって「上昇と外向きの時代」だった。それは、明治維新から連綿と続いてきたものだ。

昭和前期に、日本は軍事的に台頭した。台湾と朝鮮半島を植民地化したばかりか、中国や東南アジアに侵攻し、東京は軍事的な「アジアの首都」だった。アジア最大の軍事大国として、世界最大の軍事大国であるアメリカにも戦争を挑んだほどだ。

そうした「軍事大国の時代」は、1945(昭和20)年に敗戦したことで、幕を閉じた。だが昭和後期は、「奇跡の高度経済成長」を成し遂げ、「経済大国の時代」を迎えた。東京は経済的に「アジアの首都」となった。

特に1980年代後半の日本は、バブル景気に沸き、自動車・電気製品・半導体など、多くの分野で日本製品が世界を席巻した。金融面でも邦銀は世界中の富を吸収し、株価は右肩上がりが続いた。

そうした昭和後期の「経済大国の時代」を象徴した最後の首相が、中曽根康弘首相(首相在位:1982年11月~1987年11月)だった。金満ニッポンを背景に、アメリカのドナルド・レーガン大統領と「ロン・ヤス関係」を結び、G7(主要先進国)のアジア唯一の代表として、「経済大国日本」を牽引した。

ところが前述のように、1989年に昭和は終焉を迎え、平成の時代に変わった。「上昇と外向きの時代」の中曽根政権を引き継いで、1987(昭和62)年11月に発足した竹下政権のスローガンは、「気配り調整」。主な実績は、全国の市町村に一律1億円を配布した「ふるさと創生」事業と、3%の消費税導入だ。

このように竹下政権とは、多分に「下降と内向きの時代」を象徴していた。実際、日本の株価は1989年の大納会の3万8915年を頂点として、下降していった。いわゆる「バブル崩壊」である。

ところが日本社会は、こうした「昭和→平成」という潮流の変化に、すぐには対応できなかった。重ねて言うが、そうした中で「社会のひずみ」として起こったのが、リクルート事件だったのである。




「平成の時代」は経済的にも、「下降と内向きの時代」だった。すなわち、「失われた15年」のデフレ時代だ。12行あった大手銀行は、3大メガバンク(三菱UFJ・三井住友・みずほ)に統合され、若者たちは「超氷河期」と呼ばれる就職困難期に直面した。

そのような「平成の時代」において、「最後の花火」のような時代が、2期目の安倍晋三政権(2012年12月~2020年9月)だった。

3年3ヵ月に及んだ民主党政権から政権交代を果たした安倍首相は、「3本の矢」からなるアベノミクスを唱え、株価を上昇させた。そして6回の国政選挙に連戦連勝し、日本憲政史上最長となる2822日もの長期政権を維持した。

外交的には「地球儀を俯瞰する外交」を掲げ、「外向き志向」が鮮明だった。隣国の習近平政権にライバル心を燃やし、2期目の在任中に延べ176ヵ国・地域も訪問した。

その間、2019年5月1日に、元号が平成から令和に変わった。翌2020年(令和2)年に入ると、新型コロナウイルスが蔓延。安倍政権が得意とした「攻めの時代」から、苦手な「守りの時代」へと移行したことで、求心力を失っていき、9月に総辞職した。安倍政権は多分に、「平成的な政権」だったのだ。
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「安倍政権を引き継ぐ」として、菅義偉官房長官が新政権を発足させた。だが、安倍政権と菅政権は、明らかに「断絶」していた。

それは、菅政権が「下降と内向きの時代」を志向していたことからも明らかだ。菅首相は政権発足時、自らの実績として「ふるさと納税」を強調した。竹下元首相の「ふるさと創生」とそっくりだ。

2021年夏、コロナ禍の中で東京オリンピック・パラリンピックを強行したところで、菅政権は力尽きてしまった。10月4日に総辞職した。

オリンピックを巡っても、翌2022年8月17日、元電通専務の高橋治之被告が受託収賄で逮捕され、大掛かりなオリンピック談合疑獄に発展した。この事件も、「令和の時代」になって「平成的なイベントの膿」を吐き出したとも言えた。

そんな菅政権の跡を継いだのが、岸田文雄政権だった。菅政権が総辞職した日に、新政権を発足させた。



安倍政権こそは、「平成という時代を背負った最後の政権」である。続く菅政権と岸田政権は、いわば「平成の残滓(ざんし)」であり、平成から令和へと日本が移行していく過渡期の政権である。

それは重ねて言うが、昭和から平成に日本が移行していく過渡期に、竹下政権があったようなものだ。だからこそ今回の事件を、「令和のリクルート事件」と呼ぶのである。

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「令和の身の丈に合った政権」とは、いかなる政権か? おそらく今年、NHKの大河ドラマ『どうする家康』で、その原点が描かれてきたような、江戸時代に近い形になるのではないか。

江戸時代の人口は、3000万人前後で推移した。そして何度かの飢饉の時期を除けば、四方を海に囲まれた島国という恵まれた環境で、太平の世を満喫していた。



政府観光局の発表によれば、今年10月の訪日外客数は、ようやくコロナ前の2019年10月を0.8%上回った。中国人だけが、2019年10月比で35.1%と振るわないが、他国・地域の訪日客でカバーしている格好だ。

そんな外国人観光客の多くが日本に求めているのは、世界最先端の電化製品でもなければ、世界最高峰のタワーやイベント会場でもない。そうではなくて、江戸時代からある「日本伝統の風物」である。おいしい水や空気、自然の景色、温泉、地産地消の食べ物といったものだ。

日本人が、とかく下に見がちな近隣のアジア諸国の観光客でさえ、「21世紀」ではなく「江戸時代」を求めて、日本を訪れるのだ。なぜなら彼らの祖国では、そうしたものは幾多の戦乱や混乱などによって、消滅してしまっているからだ。

21世紀の日本は、「アジアの癒しの地」なのである。いわば日本全体が、心地よい温泉地のようなイメージだ。

その意味で、令和の「下降と内向きの時代」も、悪い事ばかりではない。「身の丈」をわきまえれば、江戸時代のように、太平の世を十分に謳歌できるだろう。

日本は、「反撃能力」こそ確保していくが、基本的には「専守防衛」であるべきだ。そもそも明治期から昭和前期にかけてのような、アジアに侵攻していく「余力」など、「令和の時代」にはもう残っていない。

というわけで、たとえ岸田政権の支持率がさらに急落したとしても、その結果、崩壊したとしても、冷静に受け止めるべきだ。それは大きなアジアの歴史の潮流の中での「必然」であり、「令和の身の丈に合った日本」に向かう過程の出来事だからだ。

そうして来年2024(令和6)年、「令和の身の丈に合った新政権」が、日本に誕生することだろう。
引用サイト:現代ビジネス 近藤 大介   こちら

著者 近藤 大介プロフィール   こちら





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Last updated  2023.12.12 12:00:08
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