東方見雲録

東方見雲録

2025.05.29
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カテゴリ: ランドスケープ



意匠図案説明 鬼ミュージアムにある「大牛蟹」の像と笹苞山を描き、鬼守橋を配す。
開設場所   〒689-4201 鳥取県西伯郡伯耆町溝口424-3
引用サイト: こちら

「大牛蟹」の像

大牛蟹は鳥取県の鬼住山に棲んでいたとされる鬼で、第7代孝霊天皇によって退治されたと伝えられている。大牛蟹の伝説は楽楽福神社の創建由緒として伝えられており、その内容は以下のようなものになっている。

孝霊天皇の御代、大牛蟹は鬼住山を根城として弟の乙牛蟹らと共に周辺の人々を害していた。

伯耆国に御幸した天皇は大牛蟹の話を聞いて退治しようと軍を起こし、鬼住山の鬼の館を見下ろせる笹苞山に布陣した。そして麓に団子を3つ並べて鬼を誘き出すと、そこに乙牛蟹がやって来たので大矢口命が矢を放って乙牛蟹を射殺した。

しかし、大牛蟹は手下と共に激しく抵抗したので なかなか討ち取ることはできなかった。ある夜、天皇の夢枕に天津神が現れて「笹の葉を刈って山のように積み上げれば、神風が吹いて鬼が降るだろう」という神託を下した。

そこで、天皇は天津神の言う通りにすると、その3日後に激しい南風が吹き、それは笹の葉を巻き上げながら鬼の住処の方に飛んでいったので、天皇は全軍を挙げて笹の葉の行方を追わせた。



その後、麓に逃れた大牛蟹は蟹のように這いつくばって「我は降参する。これからは手下となって北の守りを賜わろう」と言うと、天皇は「全力を持って北を守れ」と命じて許すことにした。

これに人々は喜んで、笹を葺いた社殿を建てて孝霊天皇を祀ったという。これが今の楽楽福神社であり、孝霊天皇は宮原の地に建てられた笹葺きの仮宮にて崩御したと伝えられているという。

ちなみに、別の伝説に孝霊天皇の臣下の進大連が鬼住山の悪鬼を討伐したというものがある。

この伝説では、孝霊天皇の皇子の鷺王を総大将として悪鬼討伐に向かい、その先陣に立った大連の活躍によって殲滅できたので、大連は天皇から功績を讃えられて「進」という姓を賜ったという。

また、鷺王は悪鬼との戦で戦死したので、土地の住民によって楽楽福大明神として祀られたとされている。この伝説には大牛蟹という名前は出てこないが、これも楽楽福神社の由緒として語られている。
引用サイト: こちら

関連サイト:おにっ子ランド こちら
関連サイト:日本最古の鬼伝説 こちら
関連サイト:鬼伝承の山のもうひとつの一座 笹苞山 (さすとやま  511.50m ) こちら

参考サイト:日本の鬼の交流博物館 福知山 こちら

参考サイト:鬼専門のミュージアム『北上市立鬼の館』(北上市) こちら

参考サイト:鬼の歴史~第四回「“たたら場”で働く“製鉄民”」 こちら



参考サイト:鬼とたたら こちら


参考サイト:日本各地の鬼伝説 こちら

参考サイト:鬼滅の刃の背景 こちら

参考サイト:日野鬼退治伝説を探る旅 こちら





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Last updated  2025.05.30 06:17:16
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