東方見雲録

東方見雲録

2026.08.25
XML
カテゴリ: 文化



今年7月、新宿コパボウルの閉店がSNSで発表された。理由は、同店が入居する「ヒューマックスパビリオン新宿歌舞伎町」が老朽化に伴い建て替えられるためだ。

発表後には利用客から惜しむ声が寄せられた。
「立地やコンセプト的に常連さんが多い店ではないのですが、数少ない常連さんから『寂しい』という声もいただきました」

テレビや新聞などからの取材も相次いだ。そのきっかけの一つとなったのが、TBSの安住紳一郎アナウンサーの発言だ。安住アナはラジオ番組で「金曜夜の新宿コパボウルは集中力が鍛えられる」と語るほどの愛好者として知られる。
「金曜日の夜なんて、本当にうるさいんですよ(笑)。酔っ払いの声が飛び交う中で投げる。逆にそれが集中力を鍛えるには最高の環境なんです」

週末の夜には隣のレーンから歓声が飛び、酒を飲みながらボウリングを楽しむ客も多い。競技性よりも、誰もが気軽に楽しめる娯楽施設として親しまれてきた。

尾見さんにとっても、新宿コパボウルは社会人としての原点だ。

「1998年に大卒で当時新宿コパボウルを運営していた会社に入社して、最初の配属先が新宿コパボウルだったんです」

その後、別の店舗を経験し、新宿コパボウルの運営会社も変わったが、約15年前に再び戻ってきた。



◆30年前、歌舞伎町には「熱気」があった
尾見さんが働き始めた1998年の歌舞伎町は、現在とは大きく様子が違ったという。

当時はコマ劇場やミラノ座、飲食店、ボウリング場など、さまざまな娯楽施設が集まっていた。新宿コパボウルがある4階までエレベーターで上がると、多くの客で熱気に包まれていたという。

一方、2000年代初頭には東京都の石原慎太郎知事(当時)が「歌舞伎町浄化作戦」を掲げ、違法営業や反社会的勢力の排除を進めた。街の姿も徐々に変わっていった。

「25年ぐらい前は反社会的勢力の方も多くいました」
当時、新宿コパボウルではボール販売も行っていた。
「小指や薬指がない方もいて、3本の指で投げられるように特殊な開け方をしたこともありました」

トイレに注射器が落ちていることもあったという。
「スタッフが掃除中に誤って触ってしまって、病院で検査したこともあります」

ただし尾見さんは、当時を単純に美化するつもりはない。
「昔は怖さやディープさがありました。でも今は誰でも来やすい街になったと思います」
こちら

関連サイト:眠らない街「歌舞伎町」の過去~現在~未来  ゆる歴史散歩会   こちら
関連サイト:歌舞伎町の今昔散歩 こちら
関連サイト:眠らない街『新宿歌舞伎町』昔~今の変貌!! こちら





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2026.08.25 17:00:03
コメント(0) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: