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Giacomo.Puccini

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めぐ@ リンク貼らしてもらいやんした ので、これからもご贔屓に。
Giacomo.Puccini @ いえいえ 演奏会やるんだよ~!是非着てもらいたい…
めぐ@ 訪問ありがとうさん★ あけおめ(←遅い)! マイぶろぐに訪問あ…
Giacomo.Puccini @ ありがとう! 以前に、ロビーコンサートに興味を示して…
今年初書き込みのK1@ ふむ 俺はレアな人間の一人なのだなあと少し感…

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2004.11.11
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カテゴリ: 日記
今日は、体調が優れないため、講義等午前中で帰宅し、家で休養をとっていました。昼から夕方くらいまで寝たら、体調もだいぶよくなったので、それからご飯食べたり、テレビ見たり、少し勉強したりしていました。12時くらいには布団に入ったのですが、昼寝をしたせいなのか、全く眠り込むことができず、こんな時間になってしまいました。
 時間がもったいない・・・。ついに寝るのを断念し、今に至るわけです。こんな時、みんなはどんな風に時間を過ごすんだろうな~。滅多にこんなことないからな~。頭がいつもよりさえてしまって、寝ようとしても色々なことが頭をよぎってしまうんだな~。全くなんのために今日休養とったのかわかんなくなってしまいそう。
 明日、正確には今日、養護学校の音楽教室を大学の講堂で行います。僕は、その中の合唱と、オペラにでます。合唱は、ヘンデルの「メサイヤ」の中から「ハレルヤ」を歌います。あの有名な曲ですね。伴奏がオーケストラということで、刺激的です。先日のリハーサルがあったのですが、音楽のバランスがいまいちでした。反響板(天反響板とか側板とか、音をはねかえす板)を使用しないため、合唱の音があまり聞こえていませんでした。明日もあのままでやるのだろうか・・・!?
 オペラは、モーツァルトのドンジョヴァンニの中から10分程度抜粋して歌います。久しぶりにオペラやると、血が騒ぎます。とことんやりたくなる。来年時間があればやりたいな~とか思いながらも教員採用試験のことを考えると、やはりできそうにもない・・・。う~ん、時間欲しいな~。
 そんな感じで、明日は8時半大学集合なんです。あと4時間程。寝てしまったら、かえって声がでなさそうな気もします。寝るか、寝まいか・・・。迷いどころです。

 養護学校。養護学校。養護学校の生徒さんを対象に音楽教室をするのは今回が初めて。最近、障害児教育について学習する機会が多くて、度々障害児について考えることがあります。障害児教育に留まらず、社会全体における障害児の立場や、あり方といったことを感えることは非常に複雑で難しい。考えれば考えるほど、何かこう遣る瀬無い気持ちになるし、現在の社会の現状に理不尽さを感じてしまう。その問題から目を背けたくなる気持ちもわかりそうになってしまう。
 ある障害児教育に関わる先生が「障害児をみて、かわいそうだと思ってはいけません」と仰っていました。う~ん、そうおっしゃる意味もわからいわけではないんですが、やはり心の中では「かわいそう」とか、「健常でいられることって幸せなんだな」なんて正直考えてしまいます。
 明日来る子ども達は、普段一人で自由に演奏会にいったりすることができない子どもだそうです。言葉を理解できる子は一人しかいないとのこと。養護学校のみなさんに、いつも感じられない何かを感じてもらえるような演奏ができればなと思います。

障害、障害・・・。


そういえば、こないだ自閉症についての授業もあったな。
確か統計によっても
異なるけど1000人に一人は自閉症とか言ってたっけ。
結構な数だよな。
そして原因不明で、改善はされるものの、健常児のように生活することは生涯不可能だとか。
 なのに、社会の体制は全くと言っていいほど、整備されていないとか。自閉症がどんなものなのか広く知られていないため、理解も希薄だとか。

うんうん。
自分の子どもがなんらかの障害をもって生まれてくるってこともあるんだろうな~。障害をもつ子どもの親って大変なんだろうな・・・。

 あ、そうそう、僕介護体験で去年聾学校に実習いったんです。介護実習に行かないと現在は教員免許がもらえないんです。何年か前から始まった制度でまだ出来たばかりの制度のようです。でも本当にいい経験でした。
 聾学校というのは、耳が聞こえない子ども達の集まる学校。僕が行った学校は中でも重度の子ども達の集まる学校だったみたいで、補聴器をしても音を聞くことが困難な子ども達ばかりで、手話が会話の手段として頻繁に使われていました。普通の補聴器では聞き取ることが無理ということで、外部からではなく、補聴器そのものを耳の中に埋め込んだ補聴器をつかっている子どもも多く見られました。学校の中は、耳が聞こえないとのことで、非常ベルの変わりに非常ランプが至るところにつけられていました。非常時に赤く点滅します。う~ん、つまり学校以外の建物の中では、この子ども達は、視覚的に訴えるものがなければ、非常時にも何が起きたかわからないんですね。街の中にいたら、それだけでも危険がともないますよね。
 あと私達が通う学校と違うところは、「自立」という教科があることです。これは、法規的にいうと児童の「欠陥」を補うための教科だそうです。法令というのは時に冷酷な表現をするんだなと感じたことを今でもこの法令と出会うたびに思います。

そう、都心部にそういった特殊学校が少ないのです。また、北海道のようなところでは特に、人口の密度が低いために、たとえ特殊学校があっても必然的に学校までの距離が遠くなってしまうのです。中には毎日何時間もかけて通ってくる親もいたそうですが、冬になると道路の状況が悪くどうしても通学することが困難となり、宿舎へ預ける親も多いそうです。障害をかかえているご両親全員が子どもと常に一緒に生活したいとおもっているかはわかりませんが、少なくとも一緒に生活したいのに、することが出来ない現状があるということは大変残念なことです。
 自習先の聾学校には、どなたかのご両親が毎日のように自分のお子さんを見にいらしていました。僕が自習観察している教室にもご両親が授業参観しにいらっしゃることがあったのですが、授業をみながらご両親がおもむろに涙を流されているんですよね。僕には印象的な光景でした。きっと、その涙には様々な意味があったのだと思います。僕には理解しきれない涙なんだろうと思います。喜びの涙なのか、悲しさの涙なのか、僕にはそれすらわからなかった。ただ、子どもに対する温かい気持ちだけは間違いなくそこにありました。障害をもつご両親の気持ちははかり知れません。

 日本は今、小さな政府を望んでいるようです。大学も独立行政法人化され、育英会も姿を変えました。経済をみても、他の国に負けまい、抜かれまいと、競争し必死になっています。教育の予算も減っていっています。

 僕は、小さな政府がいいのか、大きな政府がいいのか、そういったことは専門外なのでどうあるべきということを強くいうことはできません。だけど、政府が大きかろうと小さかろうと、社会的弱者を苦しめるような国にだけはしたくない、してはいけないと思います。たとえどんなに小さい政府であろうと、社会的弱者に手厚い保護ができる国であって欲しいです。

う、こんな時間・・・。

ねよねよ・・・。





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Last updated  2004.11.12 04:03:22
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