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一昨年の 12/24 に千葉県に引越しをした。雪の日だった。途中実家に寄って挨拶をした。

「じーちゃん、ならこっで行くちゃ」
「あんた、今からどこ行くちが?」
「千葉」
「え?」
「ちーば!!」
「千葉ちゃ遠いとこ行くぜ。あんた一人で行くがか?連れおんがか?」
じーさまは耳が遠いので大声でゆっくり話さないと聞こえない。じーさまとは内緒話もややこしい話もしたことがない。

そんな会話をしたと思う。それが私の見た最後の姿だった。

ようやく引越しダンボールも減ってきた 12/30 のお昼近く、母から電話が掛かって来た。
「じーちゃん、今朝亡くなったが」
実家の方も立て込んでいるらしく、第一報の電話では余り詳しい事は聞けなかった。しばらくして今度は父から電話。
「通夜も葬式も明日以降だから、決して慌てる必要ないから」と言う事を言われた。まだ生後4ヶ月弱の息子Rを抱えていたし、行ったばかりでまた雪道を引き返してくるのは、危ないと思ったのだろう。
会社に行っていた夫や富山の義父母にも知らせる。明日(12/31)帰ることになった。
じーさまは俗に言う老衰と言う事だった。
後から掛かって来た電話で状況がわかって来た事や出発が明日になった事で私もちょっとは落ち着けた。

大晦日の日、朝出発して、18時ごろ富山に到着。実家によるとじーさまは、仏壇の前で寝ていた。
「じーちゃん、いつもと寝とるとこ違うね」
と息子Aや娘Kが言っていた。

年明けて 1/2 が葬式だった。火葬場が 1/1 だけは休みだからだそうだ。
じ-さまは畑仕事が趣味の人だった。
3年前の年の瀬に家の中で転んで骨折し、一昨年は寝たきり状態になった。畑にも出られず、ボケも進んでいた。ご飯を食べたかどうかもわからなくなってきて、母に言わせると「ホントにコントみたい」だったそうだ。
昔、私や弟が保育所に行っていた時、土曜日のお迎えはじーさまだった。夏、畑に冷たいお茶やアイスを持っていくと美味しそうに食べてくれた。ひ孫は遠巻きに見てニコニコしていた。

葬式の翌日(去年の 1/3 )また千葉に戻る。ところがこの日も雪のひどい日で、初めは雪を避けて遠回りだけど、米原周りで東名で帰ろうかなんて相談していた。が、この日は名古屋も雪。それならまだ雪になれてる北陸道長岡まわりで帰ることになった。ところがこの日は雪+帰省ラッシュで高速道路は大渋滞!スキーやスノボを積んだ車がどんどん高速に乗ってくる。新潟、群馬を抜けるのにものすごい時間がかかった。


で、今日は何をしていたかと言うと、やっぱりまったり。一家であてもなく彷徨いドライブしておりますた。





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Last updated  January 9, 2003 10:50:44 AM


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