めいてい君のブログ

めいてい君のブログ

PR

Calendar

Archives

Dec , 2025
Nov , 2025
Oct , 2025
Sep , 2025
Aug , 2025
Jul , 2025
Jun , 2025
May , 2025
Apr , 2025
Mar , 2025

Keyword Search

▼キーワード検索

Comments

めいてい君 @ 日本の純資産~過去最大の純資産で円建てでは世界最大 [東京 28日 ロイター] - 財務省は2…

Category

寄稿(宇治見、マドレーヌ、トキめき橋氏ほか)

(68)

自由が丘氏寄稿文

(189)

Tsunami氏寄稿、SCRAP記事、写経・感想など

(326)

政治・経済(国内統計etc.)

(725)

世界、国際比較(国際統計etc.)

(228)

生活全般

(129)

基本事情(各国)

(114)

アジア州

(257)

ヨーロッパ州

(293)

北米地区

(206)

中南米地区

(112)

オセアニア州

(104)

中東地区

(51)

アフリカ州

(126)

宇宙の不思議・開発etc.

(71)

気候変動など

(7)

津波・自然災害

(30)

自然の脅威、驚異etc.

(47)

資源・エネルギー(陸・海洋etc.)

(49)

発電・原発事故・放射能事故

(74)

金融(事件含む)

(128)

PC・家電

(229)

スポーツ・余暇・車

(264)

栄養・健康

(143)

病気・伝染病など

(191)

事故・災害

(102)

福祉・厚生・年金問題

(59)

公害

(15)

流通(商品)・廃棄関連

(17)

新技術

(30)

友人・知人・地縁等

(40)

土佐の高知

(63)

(49)

お墓・葬儀・戸籍

(24)

ガーデニング&DIY

(14)

TV番組

(15)

海外旅行

(6)

国防/テロなど

(41)

財政・税・電子証明など

(28)

自治体、地元、遺産など

(37)

店舗

(6)

公衆道徳/法律など

(26)

裁判/調停

(7)

宗教

(21)

ブログ

(31)

テンプレート(表形式etc.)

(3)

DVD収録など

(6)

ホームページ、ウエブ会議など

(48)

祝い事など

(14)

会社時代

(22)

学生時代

(7)

物語り

(43)

経済学研究

(26)

思考紀行

(73)

作業中マーク(終了次第削除)

(0)

洞察力

(1)
Feb 12, 2013
XML
カテゴリ: アジア州

王様が世襲制ではない任期付き輪番制(13州のうちスルターンの

いる9州の「スルターン」により選出)という特色のある国柄。

単独政権ではなく、国民戦線という、数党を統一させた組織で

長期安定政権を何とか保つ智慧を発揮しているので首相交代は

少ない。

多民族国家を旨く機能させるための民族融和策から、「ブミプトラ」で

主柱となるマレー人にやる気を起こさせる政策への転換。

もともと、経済を支える華人の影響が強いが、「ルックイースト政策」で

日本の先端技術・経済発展を「お手本」として工業国に成長。

天然ゴム、パーム油、錫などの産業から、さらに、ボルネオ島の浅海

で産出する石炭、石油、天然ガスに恵まれる。

  ・・・・・・・・・・・

マレーシア

略史<外務省、WIKIPEDIAなど>

年月

略史

13世紀

商人やインド商人と共にイスラム教が伝来し、仏教とヒンドゥー教の時代が終わる。

15世紀初め

1400年マラッカ王国成立、1408年その成立を明国が承認。

16世紀~17世紀

1511年ポルトガル、マラッカ支配。

1542年マラッカからポルトガルの鉄砲が日本に伝来。

1549年イエズス会のフランシスコ・ザビエルがマラッカを出発、日本に到着。

1641年オランダ、マッラッカを占領。

18世紀

1777年隣国シャム(後のタイ)のソンクラー国主・呉譲(華僑)がパタニ王国(タイ南端)、クダ・スルタン国への侵略の動きを見せるや、クダ・スルタン国は英国の支援を約束に、英東インド会社にペナン島を賃貸。1791年シャムがパタニ王国まで攻め込んだ時、英国に派兵を要請したが断られ、約束違反として、ペナン島奪回を企図したものの逆に対岸拠点セベラン・ペライを奪われペナン島を明け渡した。英国は1795年マラッカを獲得。

19世紀

1819年英国がジョホール王国の内紛に乗じてシンガポールを獲得。1821年クダ・スルタン国はシャムに征服され統治された。

1824年英蘭協約によりマレー半島及びボルネオ島西北部が英国による植民地支配。(オランダはスマトラ島西海岸など獲得。)

1826年英国・シャムがバーニー条約で英領マラッカ海峡植民地が成立。

1840年英国極東艦隊がシンガポールから阿片戦争に出撃。サラワクの反乱の鎮圧に英国人ジェームズ・ブルックが協力し、1841年サラワク王国がブルネイ・スルタン国から独立し、翌年同人が国主になる。1855年英・シャムが不平等な通商貿易ボーリング条約を締結。

1874年英領マラヤ成立。1888年スールー王国、ブルネイ王国の領土で、英保護国北ボルネオ成立。

1909年

英・シャム条約でクダ・スルタン国は英に移譲、英領マラヤになる。

1942年~1945年

<日本統治時代>

1941年日本軍がマレー作戦でコタバル近郊に上陸し、太平洋戦争開戦。1942年マラヤ全域を占領、

1946年

マラヤ連合と改称。サラワク王国が英領サラワクになる。1947年 英領マラヤ連邦 が英領植民地の集合体として結成、1948年大戦後英に返還されていたクダ州が英領マラヤ連邦に加入。1948年6月~1960年7月にかけて共産主義勢力(MCP,MNLA)VS英国コモンウエルス側(英国、マラヤ連邦、ローデシア、フィジー、豪州、NZ)が戦った内戦勃発    Malayan Emergency では共産勢力は駆逐された。

1957年

マラヤ連邦として独立

初代国王トゥアンク・アブドゥル・ラーマン、 初代首相トゥンク・アブドゥル・ラーマン (「 マレーシア独立の父 」、UMNO党首)

1963年

1962年~1966年 インドネシアVSマレーシア(+英国、豪州、ニュージーランド)対立 の中で、

1963年 マレーシア成立 (シンガポール、英保護国北ボルネオ=サバ、英領サラワクがマラヤ連邦と統合)

1965年

シンガポールが分離、独立。

1968年~

1968年共産主義者の反乱がマレー半島、サラワクで Second Malyasian Emergency  勃発。

「マレーシア、タイ、インドネシア(1965年以降)」VS「マレー共産党勢力」

1989年の最終結果:共産党停戦、MCP、SCO解散

・    1969年5月総選挙実施直後、史上最悪の民族衝突発生 5.13事件 (マレー人VS中国人)、1970年7月緊急条令発布。9月ラーマン首相辞任。

・    第2代首相 アブドゥル ラザク が就任した。同人はUMNO青年部チーフであったこともあり、不安定な政治状況打開のために1973年に国民戦線BNを組織して、PAS=イスラム系、グラカン=リベラル系、PPP人民進歩党にも参加するよう呼びかけた。

・    1974年クアラランプールを連邦の首都に決める

・    1975年ラザク首相急死により、 フセイン・オン首相に昇格(第3代首相、 統一マレー国民組織 (UMNO))

・    1981年、 第4代にマハティール・ビン・モハマド首相就任 (統一マレー国民組織 (UMNO)、~2003年)

1999年

首相官邸が首都郊外の新行政都市プトラジャヤに移転、首都機能が2010年までに移転される。

2003年

第5代にアブドゥラ・ビン・アフマッド・バダウィ首相 就任

2008年の総選挙で与党連合・国民戦線(BN)が2/3の議席が確保できず、2期目の任期中に首相を辞任。

2009年4月

マレーシア与党連合・国民戦線の中核政党・統一マレー国民組織(UMNO)の ナジブ・ラザクが第6代首相 に就任した。第2代首相の長男。第3代首相は叔父に当たる。弟はこの国2番目の金融機関を経営。政治家の名家血筋とみなされている。

(マレーシア その2 に続く)





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  Feb 22, 2013 09:14:06 PM
コメント(3) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: