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多様な人間が、多様なことを一生懸命に行って過ごしている、
日本のようなユニークな国はほかに見当たらない。
1. 日本人は働き者
2. 日本人は常に緊張している
その理由は常に色々の「公(おおやけ)の意識」を背負っている
日本、日本人の「キーワード」は「武士」である。
人間像「武士」は、日本人が生み出した、多少奇形だが、
結晶が見事な「人間の芸術品」 。
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彼の感じるものは・・・
「武士の遺伝子」 、「日本人特有の倫理観」、「日本が亡ぶ危機感」。
立憲国家の必要条件=個々人の強固な精神、であるが、
戦後日本は未完成!
・・・
武士=凛とした人間像
武士がいたから明治維新の奇跡が達成できた
「坂の上の雲」・・・日本人が一丸となって奇跡の近代化
驚くほど手間がかかることを全国を挙げて猛スピードで成就した
1. 小学校の整備に8年間
2. 明治19年には鉄の大量生産
3. 鉄道網は30年余で7千km
これらは、一部の政治家でなく、国民の総力の結実
4. 明治に政治主導の資本主義が形成されたのは「汚職なし」による
明治期の役人痛々しいほど清潔、
資本主義勃興者、民衆、民権運動家は「公の意識」が横溢してあまりあった
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「公の意識」の根源は「武士」にあり。
千年にも及ぶ武士の時代のうち、鎌倉時代(流鏑馬の神事に名残)の
1. 武士の「節義」
2. 死への「潔さ」
武士=農地耕作人が土地を守るために武装(坂東武士)
能「鉢木」・・貧相な旅人のために盆栽を薪に暖をとる
「名こそ惜しけれ=名を汚すような恥ずかしいことをするな」の土着の
坂東武者の精神は爾来、日本の非貴族層(京の公家・社寺以外)
に強力な影響を与え、今も清々しい日本人の中に生きている。
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「常に自己を律することで、初めて、他を大切にできる」
の倫理観が残る。
東日本大震災の秩序ある行動、ワールドカップ大会後のサポーターの
清掃活動・・世界各国から称賛。
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坂東武士の源流は、高知県の梼原町の階段状集落にある。
平安時代に各地から農民が移住し、山の傾斜地を掘削、殴打して均して
平地とし、砕石で石垣を築く方法で開墾を開始、まるで築城するほどの
土木感覚・作業量を要した。=日本人一般の先祖の仕事ぶりを
土佐梼原の千枚田に見ることができる。
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平安時代は京の天皇・公家が律令制度のもとに支配する時代であり
庶民は重税に苦しみ、飢饉でもあれば生き地獄、末期には奥地に逃散する
農民が現れ、その一部がこの梼原である。
自ら土地を切り開き自立を開始→律令制の土崩する蟻の一穴
→有力開発人から武士(=墾田の農場主) が勃興→全国で力を付けた武士達は
12世紀末に武器を取り鎌倉に集合=鎌倉幕府が誕生
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日本が中国・朝鮮と異なる歴史をたどり始めるのは
「素朴なリアリズム」を根拠とする「百姓」の政権が誕生したこと
=日本人の「誇り」
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「坂東武士が開拓した土地は彼らのもの」=「安堵状」
↓↑
不条理な律令制の土地制度からの脱皮による農地の所有の確保
=[領掌](土地の権利の承認)
「恩義のある人には決して恥ずかしいことをしないという精神」に繋がった。
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「倫理観」~「土地を所有すること」
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今後、日本と世界はアクション、リアクションを互いに起こすかもしれない。
そんななかでも、ヨーロッパ社会で成立したキリスト教的倫理体系に
「名こそ惜しけれ」が対抗できる。
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大きな転換点は「戦国時代」の町つくリ、文化の原点の「北条」にある。
鎌倉幕府誕生から3百年、家臣・領民を抱えた大名が出現する戦国時代。
普段は耕作にあたる領民達が戦時には主や家臣を信頼しなければ合戦に
勝ち抜けない。
北条早雲は「早雲寺殿廿一箇条」を家臣たちに示した。
武士が領民たちに振る舞うべき「名こそ惜しけれ」の家訓である。
「早起き」「虚言禁止」「恥を知る」・・・で伊豆一国を支配し
「領民一切の面倒を見る支配方法」で「独創的に領国化」した。
面倒見の代償として、惣(村)の自治を掌握、若衆の領国戦力とし
吸収、山野を駆け巡らせ関八州を支配した。
ここに、伊豆人にとり北条氏および領国が「公」になった。
「名こそ惜しかれ」という「恩義のある人のために」の倫理観が
「この領国のために」と変わってきた。
これは、ほかの大名の「大内家法」「塵芥集」、
武田家、長宗我部家(長宗我部元親百箇条)などにも全国的に家訓が生まれた。
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秋田の下級武士栗田定之丞が二十里の海岸砂丘に、防風林を植え
14年もの間、松を育成する作業を続けた。その努力に対して村人達が
延べ7万人も次第に参加した。
公に参加する姿がここにある。
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植民地化を図ろうとする列強に対して、
幕末の武士が次々と行動を起こす。
1. 人はどう行動すれば美しいか、
2. どう行動すれば公益のためになるか、
が幕末人を作り出す。
人間像「武士」は、日本人が生み出した、多少奇形だが、
結晶が見事な「人間の芸術品」 である。
しかし、庶民にも根付いていたのである。
その一つが僅か4年で全国隅々にまで行き届いた「郵便制度」で、
有能な名主に国が委託した「特定郵便局」である。
新政府は名誉心を刺激するのに、「郵便事務が公務である」と説き、
名主たちは新政府に関われると意気に感じ、自ら資金を出して
自宅の一部を郵便局に改造した。
「苦」よりも「意気」に感じた全国の名主たちにより極めて僅かの期間に
全国的ネットワークが完成した。
このように庶民にも広がった「公」の意識により奇跡の近代化が達成された。
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近代化を推し進め、日清、日露戦争を勝ち進んだ日本の針路は、
「坂の上の雲」にあるように欧米へのキャッチアップの姿である。
日本を良くしたいという「公」の精神が、日露戦争以後に変質し始めた。
明治38年(1905年)の日比谷焼き討ち事件は
政府が「戦争賠償金」を貰えないことで、3万人の市民が暴徒化、
新聞社・警察を焼き討ちした事件。
参謀本部が暴走し国家から略取した、いわゆる、
「統帥権=帝国憲法での天皇の軍の最高指揮権」問題である。
統帥機関は何事も自由に行え、満州事変・日中事変、ノモンハン事変などは
すべて統帥権の発動で、首相以下は後日に知り、驚くだけの滑稽な存在となった。
敗戦まで日本は「統帥権国家」となり、
このようなバカな時代は長い日本史にはない。
「兵隊さんのおかげです」「私たちの大好きな兵隊さん」・・・
「公」の意識が、軍部をさらに駆り立てることになった。
「公」が自分の考える「公」に変質し、そのために尽くすという人間像。
自分自身の「個」を出さないほうが良い、出してろくなことはない、という考え。
口出しすれば世渡りにややこしいことが起こってきそうだから、
黙っていたほうが良い。
危機の時代を非常に悲劇的なものにした背景がある。
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作者は「熱中、熱狂の精神状態」を非常に嫌う人であった。
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そして、日本は焼け野原になった。
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再び日本人が焼け跡から立ち直り、戦後復興を成し遂げる。
新たに手に入れた戦後の民主主義について、
「私は日本の戦後社会を肯定し、好きでもある。
こんないい社会が生存中にやってこようとは思わなかった。
与えられた自由などと捻くれず、日本人本来の気質・習慣に適した
自由な社会だと思った。」
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武士の精神には危うさもあると見抜いていた作家は、
新たな時代に向けて日本人一人一人が確かな「個」を作り上げていかねば
再び国が亡ぶかもしれない、という。
「立憲国家は、人々・個々の強い精神が必要だが、戦後日本は
まだまだ出来ていない。」
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死後20年のメッセージ:::
「私ども日本社会は武士道を土台にして
その「義務(公の意識)」を育てたつもりでいた。
しかし、日本の近代史は必ずしもそれが十分であったとはとても思えない。
いまこそ、それをもっと強く持ち直して、さらに豊かな倫理に仕上げ、
世界に対する日本人の姿勢をあたらしいあり方の基本にすべきではないか。」
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以上は、脳幹梗塞患者であり、記憶する能力が少ない小生が、
より良い理解をするために速記的に記録しておくものである。
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2月17日のNHK総合で0:10~1:00に
「この国のかたち」第一部”島国”が再放送されました。
第二部”武士”は2月19日(金)1:30~2:20に再放送されます。

見逃した方は、NHKオンデマンドで ぜひご覧ください!
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