丸ゴリ婦人の新婚劇場

丸ゴリ婦人の新婚劇場

初めての対面


やっぱり言わない、と自分で言ったくせに何か言いたそうなのは表情で分かっていた。
何か重大な秘密でも告白されちゃうんじゃないかと思うと、自然と私も身構えた。


ビールの最後の一口を、缶を逆さにして惜しそうに飲んでから裕はまた話し始めた。



「…あのな、ほんというと、、、付き合いたい。」


低い声でぼそっと聞こえた。
でも裕はこちらを真っ直ぐ見て、そう言った。


「…うん、、。」


出会い系で知り合って、数ヶ月間を毎日メールして
今日初めて会って、飲んで、今いる場所は、ホテル。

こんなシチュエーション、一体誰が「まとも」だと思うだろう。
一体誰が「本当の恋愛」だと認めてくれるだろう。
そんな疑問を抱いている時点で、自分自身も否定している証拠。

だけど丸ゴリに断る理由は何一つ無かった。

裕の外見がストライクゾーン!!というのももちろんありましたが
裕のことはメル友時代から気に入っていたし(単純にメールが楽しかったという意味)
実際会った今日も、一緒に過ごしていて話題は尽きずに楽しかった。

今ここで、恋愛感情なんてもちろん生まれているはずはない。
だけど相手をもっと知りたいと思った。もっと一緒に居たいと思った。

後ろめたく思う相手もいない。
強いて隠したいことと言えば、この出会い方と今に至った流れを
世間と第三者から隠したいと思った。「友達の紹介だよ」とか言ってごまかしたかった。

「うん、付き合おうよ」と大賛成の返事を出来ないのは、
人目ばかり気にする私の、その後ろめたさからだった。
黙っている私の代わりに、裕は続けた。

「付き合いたい、けどな・・・、前にも、状況は違うけど
 相手のことよう知らんのに付き合おかってなって、でも結局あとあと見えてきた部分が
 全部不満になって、ダメになったことあって。」

「・・うん。」


「だから、また同じようなことにはなりたくないねん、、
 でも、なんていうか・・・・・・」

曖昧な、葛藤はきっと私も同じものを感じていたからわかった。
寂しさ、独占欲、キープ願望、お気に入り、でも過去の経験、世間の常識。

そこにはまだ恋愛の2文字は存在してない。

今度は裕が黙った。

「うん、、、うん。
 あのさ…気持ちはすごく嬉しい、ほんと嬉しい。正直、いいな~って思ってたから。

 でもたぶん今、葛藤してるのは同じ気持ちなんだと思うんだよね、
 だから・・・あせらないよ。気持ちがハッキリしてからでいいんじゃないかなぁ・・」


「・・・そか・・」


「私、肩書きあると、それに執着して自分も相手も縛っちゃうタチだからさ・・・
 わかってるのに、なかなか克服できないんだけどさ・・笑」

「・・うん、、、ありがとう。」

ふぅーーっと大きなため息を吐くと、
少し安心したように笑った裕の目は、酔っているせいで潤んでるように見えた。
それがなんだか少し切なく感じた。

二人同時にあくびをする。裕も私も眠気がピークだった。
それでも「眠い」と言い出さない裕。

「・・・寝よっか。どっちかが寝ないと、このままじゃずっと起きてるでしょ?笑」

「せやな・・笑」

私は座っていた裕のベッドから降りて、隣のベッドへ腰掛けた。
ホントは、そのまま裕のベッドで一緒に眠りたかった。
それは関係をもちたいわけじゃなくて、抱いて欲しいわけでもなくて、
ただ1秒でも長く、1センチでも近くにいたいなぁなんて、ガラにもなく思っていたんだ。

自分のベッドに座ったまま「電気けすで。」と言った裕に
「うん、オヤスミ!」と靴を脱いで布団を被ろうとした時。

「寝る前に、ちょっとだけ」と右手で丸ゴリの顔をそっと引き寄せて、キスをした。
一瞬触れるだけの、なんだか儚いものだったけど
自分の気持ちや体温が、熱く上昇していきそうなのがわかった。

裕は眠そうな目を細くして笑うと
「・・ほんとは、こういうことも、付き合うまではしたらアカンのやけどな・・笑」

「そうだよ・・油断したわ・・笑」

それ以上のことは何も無く、それぞれ別のベッドで布団にもぐると電気を消して眠った。




翌朝、「酔ってたから何もおぼえてへんわ・・」とか言われたらどうしようかと思ったけど
裕はちゃんと全部覚えていてくれた。

酔った勢いなんじゃないかと、ひどく不安に感じていたことを自分で思い知った。


チェックアウトギリギリまで眠っていた私たちは、
起きてすぐに準備をしてホテルを後にした。

「電車、ちょうどいい時間ある?」

「うーん・・たぶん、大丈夫だよ!」
小さい時刻表は持っていたのに、私は敢えて確認しなかった。
リアルにさよならまであと何分、と思いたくなかった。


もうちょっと一緒に居ようよ。

今日はもう帰っちゃうの?

今度はいつ会えるかな。


そのどれも言葉に出来ないまま、聞きたいことは何一つ聞けないまま、
二人で駅までの道を歩いた。

駅へ続くアーケード、昼間だと言うのに人通りはまばらだった。
昨夜見たイルミネーションできらめいた木々も、昼間はまるで黙っているように見える。
昨日も歩いた道なんだけどな。

でも、昨日よりは裕と歩く距離が近くなっている気がしていた。
時々、私のコートの袖と裕のジャケットの袖があたった。

駅に渡る横断歩道。赤信号で立ち止まる。一緒の時間が数秒、長引く。
私は回りにあまり人がいないのを確認して、
ばれないよう静かに深呼吸をしてから、そうっと裕の左手をつないだ。

裕はちょっと驚いたような顔で私を振り返った。
「・・つないでいい?」 私はつないだ後で、確認した。

今日が会える最後の日になるかもしれない、次なんて無いかもしれない。
そう思うと、一緒に居る時間がたまらなく惜しいものに感じられた。

裕は返事をせずにちょっと笑って、手をつないだままジャケットのポッケに入れた。
ポッケの中で、ぎゅっとつなぎかえしてくれた。

信号が青に変わる。正面からこちらへ渡ってくる人。
自分から手をつないだくせに恥ずかしくなって、駅まで私はうつむいたまま歩いた。

うつむいたまま、顔は自然とにやけそうで余計に上を向けなかった。





階段を上り、改札前に着く。
人の流れも増えて、私はそっとポケットからつないでいた手を離し、出した。

発車時刻までは、まだ40分もあった。

「時間、ちょうどいいのあるん?」

ギリギリまで一緒にいたい。でも、裕は帰りたいかもしれない。
彼女でもないのに、引き止めることがなんだか罪に思えて
正直なことも、素直な気持ちもどんどん奥の方にしまって隠していく。

「あー・・うん、もうちょっとで来るから、ホームに行くよ。」

「・・そか。」

「うん、ありがとう。楽しかったし・・駅まで送ってもらっちゃって。」

「うん、こっちこそありがとう、オレも楽しかった。」

なんだか言った後で二人してへへッと照れ笑いした。

「じゃあ、行くね。駐車場まで気をつけて戻ってね!」

「ああ、気をつけてな。」

「・・じゃあ。」

「ん、・・じゃあ。」

“バイバイ”とも“またね”ともなんだか言えず、手だけ振って、改札を抜けた。

一人に戻ったホームで、静かに昨夜からのことを頭の中で再生する。


待ち合わせたこと、道に迷ったこと、飲み屋で話した話題、
キレイな茶色の目、ビジネスホテル、キス、さっきまでつないでた裕の左手。
裕のセリフ1つ1つ。声。つい数時間のことは私の脳内にくっきりと焼きついていた。

電車に揺られ、自宅に着くころにはお昼を回っていた。

居間のコタツに入るとそのまま眠ってしまった。





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