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楽天の皆様、そして、この日記に立ち寄っていただいたゲストの皆様。今年1年有難うございました。心より感謝申し上げます。そういえば私の楽天日記は、ゲストさんが6割もいらっしゃるんです。どの様な経緯で訪問いただいているのか定かではありませんが、誠に有難い事です。楽天日記を書き始めて1年半。皆様とのご縁のなかで、私自身、日々多くの気付きをいただいております。そのことを考えてみますと、どれほどの感謝を申し上げても申し上げ足ることはありません。全国津々浦々、素晴らしい個性の持主がいかに多くいらっしゃるかということに、私自身、目からうろこ的に気付いたときから、私は、それ以前の私に比べて、他人(ひと)に対する見方と思いやりの幅を、多少なりとも広く持つことができるようになったと思います。その素晴らしい人々との縁をいただくなかで、向かう未来に希望も人生の素晴らしさもまた勇気も見えてくるのです。いろいろある人生。しかしまんざらでもない人生。皆さんとのご縁を大切に、これからもどうぞ宜しくお付き合いください。新しき年が、皆様にとって希望に満ちた良き年でありますように。感謝。今日は、荷物の大半を新事務所に搬入しました。1月5日には事務備品が入って、いよいよ気持ちも新たに頑張ります。入口のドアに当社ロゴマークも貼りました。
2005年12月31日
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昨夜の博多は熱気むんむんでした。栢野さんの司会で始まった、「ベンチャー大学」バカ社長年末スペシャルは、夜7時から深夜11時まで、100人位の会場は大盛り上がりとなりました。ゲストで登場は、ランチェスター経営竹田先生宝石サダマツ社長ふく鮨三太郎社長英会話のFCC福岡社長・・いわゆるフリーター生活から、心機一転、靴と足の悩み解決のために起業。成功は、「自分1に対して他人(縁・出会い)99」と言われる、行動力溢れる女性社長、メリーグラシス中村社長は和服で登場。上記のなかで、今年も一際目立ったのがよびりんさん迫力勝ちの法則で、あのアッホ~~~~~~~理論を展開。会場は抱腹絶倒、幸せの大爆笑でした。(^^)正に最強のアッホ~~~~~~~道なのです。その他この夜の知り合い楽天仲間は下記の方達おち行政書士さん途中から駆けつけてくれた鍛冶屋の息子さん脅威のウエスト55cmをキープ。ブティックとヨガ教室の経営者kakoヨガクラブさんには、鍛冶屋さんと私とマキさんの「肥満大・中・小トリオ」は、ヨガダイエットを強く勧められました。"^_^"北九州から一緒に行ったマキさん彼は、大胆にもよびりん学校での居眠り常習者?。アッホ~の極致なのであります。(^^)魅力的な個性の持ち主パワールックMIWAKOさんその他、遠く宮城や滋賀から来られた方達とも名刺交換させていただきました。帰りに、鍛冶屋さんと屋台でラーメンとビールで乾杯。マキさんは持病?のお腹の具合が悪くなり、トイレ探しに近くのビル群へ・・結局そのま夜の天神界隈で遭難。最終バスの時刻が迫る中、鍛冶屋さんと探す羽目に。なんとか救出して24時のバスで帰ってきました。2005年、本当に楽しい楽しい年末を過ごすことができました。そして、元気一杯の社長さん達を拝見して、又新たなる勇気をいただいたのです。感謝 感謝机上の理屈より、「人」に出会い、それぞれの道を歩んできた、その「人」の風を感じ取る。それは、素晴らしい、自分の明日への一歩となり得るのです。
2005年12月30日
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皆さんはお正月休みに突入しましたか?今日からの方が多いのでは?私も、今日からのですが、例の事務所移転の為に、本日もお仕事。昨日は段ボール箱に荷物を詰め、31日に大半を移転先に搬入することになっています。年末の最後まで、まるで夜逃げ状態なのであります。そして夕方からは昨年に続き↓ここに参加。「12/29バカ社長」成功事例100連発+2006年の夢実現ホラ吹き会紅白歌合戦や異種格闘技戦より断然面白い、若き起業家や経営者が集まっての大忘年会なのです。昨年は、日本ガードサービス市川善彦氏(今や本名は→よびりんさん?)や、ラーメン一風堂の河原さん、お仏壇のはせがわ長谷川社長、等々、出るわ出るわ元気一杯の面白社長さん達。そして、司会はあの主催者でもある栢野さんですから尚面白い。吉本の集まりみたいなものなのです。いや~博多はいつも熱いです。ほんと。そして楽天仲間も参戦します。さあ。今夜の福岡はどんなメンバーでどんな大爆発になるのか・・
2005年12月29日
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昨日の忘年会は最高でした。居酒屋での一次会は、40人程で楽しく歓談。その後、ヤンググループとアダルトグループに分かれて二次会に行くことになりました。「どちらに参加しますか?」の言葉についヤンググループの方に後ろ髪引かれながらも、そこはやはり年を考え、アダルトチームに参加。行ったのは、主催者である設計会社の社長さんに用意しいただいた、ちょっと高級的飲み屋さん。飄々とした主催者さんに集った7人は、お酒も入って、尚且つ、皆さん似通った年齢ということもあってか、直ぐに旧き友人のように和気藹々と打ち解けることができました。建築設計会社、中堅ゼネコン、設計会社主宰、税理士、土地家屋調査士、儲けに弱い真面目な不動産屋(誰でしょう?)、今一押しの、構造設計事務所の一級建築士。以上のメンバーですが、やはりここでも、人は人に集まるということを実感しました。私は初対面の方ばかりでしたが、主催者さんの人柄に似て、皆さん誠実な人柄がすぐに読み取れました。途中カラオケタイムで、私たちは1曲ずつ披露することになりました。しかし、おじさん達は、みな若い歌を上手く歌うのです。1曲目、2曲目と立て続けに異常に上手い。こうくると大抵いよいよ次の人あたりが、まずまずか下手かと、あいなるのですが、ところがどっこい、3人目もまさかまさかの上手さ。残るメンバーは、少し慌ててきました。「あんたが先に歌い・・」「いやあなたが先にどうぞ・・」と、醜い争いに。”^_^”定番の、自分より下手な後にすかさずマイクを手にし歌う暗黙の鉄則。?が残りのメンバーの脳裏をよぎります。(^^)私に強く先に歌うことを勧めた、○○構造一級建築士。互いに遠慮する我々に、ついに「しょうがないな~僕が歌うか・・」と言いながら歌い始めると、なんとこれが大熱唱ではありませんか。またしても裏切られました。今回のメンバーは、相当歌につぎ込んでいるようなのです。ついに腹をくくっり立ち上がって一応熱唱した私は、若干エコー効果も幸いし、なんとかホッ。”^_^”しかし、歌い終わってしまうと皆さん実に上手い。結局私が「ドボン」でした。トホホ。この日一番の年配であろう、建築士事務所主宰のMさんは、私が永ちゃんを好きだと聞いて、渋く2曲も披露してくれました。この日のメンバーはとても味があり、しかも誠実さが伝わってきて、年取っても純粋さと年齢を重ねた人間味とが醸し出す、言いようの無いものを持っています。Mさんなどは、顔は違うが、藤 竜也ような雰囲気もあり、私はこの夜、皆さんの親父の魅力に改めて感動したのです。中年ばかりで飲む機会で初めての経験でした。協同の仕事はあっても皆対等に互いを尊重しながらの付き合いのようなのですが、各人が、自分の仕事に頑張り、さらりとした表面の奥に、その人の歩んできたその人の人生の厚みが感じられるとともに、中年親父になっても、尚残る、純粋さと誠実さがよく伝わってきて、信頼に足る人達だとすぐ分かりました。とてもこの場にいて居心地が良かったのです。もちろん、この場には、お代官様も越後屋?もいません。皆が気持ちを緩やかにして、気分よく、実にリラックスして飲めました。そして、この夜の魅力的なメンバーのように、私もいい歳の重ね方をしたいものだと思ったのです。この機会をいただいたことに心より感謝感激。「中年親父」・・自分で言うのもなんだけど、なんか良いわ。ほんと。(^^)
2005年12月27日
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これから、今年取引させていただいたお客様主催による忘年会に参加させていただきます。設計会社をされている方なのですが、ご家族の皆さん共々大変よくしていただいておりますし、誠実な方達なので、永いお付き合いになりそうです。そして今夜の忘年会は、お礼の意味で、機会あれば、照れながらも場を大いに盛り上げるサービス精神でいこうと思います。(^^)先程は、物件を預からさせていただいている売主様が相談に来社。なかなか役目を果たせていないのに、手土産までいただきました。嬉しいです。来年に向かって元気がでます。明日は遅くなってしまった、年賀状が刷り上ってきます。年賀と移転の挨拶を兼ねて、いつもは自社で印刷しているものを今回は業者に依頼しました。明日は、朝から1000枚の宛名書きとお年玉切手の貼付作業があります。宛名はとりあえず印刷。28日は新事務所のNTT工事。29日には入口ドアに当社のロゴマークが付きます。それから、荷物をダンボールに詰めて・・さあ、大忙しです。
2005年12月26日
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近くに住まう妻の母が腰を痛め、先日から我が家に引き取り養生してもらっています。どうやら、骨粗鬆症が原因のようで、起きあがることもできず、回復にも1カ月近くはかかりそうです。床にしてもらっている和室は、私がいつも自宅で使用しているパソコンが置いてあるところですから、これまでのように、自宅での気ままなPC三昧とはいかず、この日記も滞ったりするかもしれません。現在、事務所にて書いております。ところで、此の年の瀬の大寒波は、その昔、忘れかけていた時代の年末雰囲気が蘇ってくるかのようです。明日はクリスマスイブですが、今日は夕方から友人のY君と彼女、そしてカーディーラーの営業マンであるN君も仕事の途中で、皆が当社に集まって、持ち集まったケンタッキーやケーキやシャンパンを前にして、恒例のクリスマス前夜祭となりました。Y君カップルは、先般この日記でも登場しました、私が推薦する、そして私の勝手な監視下にあるあの好カップル。どうやら今でも順調に交際は続いているようです。(^^)その彼女は、以前にあるお菓子屋の店員さんだったのですが、実はその当時に私は彼女に会っていたらしいのです。私はお客様への土産物に当社の近くにあるそのお店を度々利用していました。先日初めて彼女に会ったときに、どこかでみたような・・という感じがあったのですが、今日改めて本人さんと話して、当時の記憶が整合したのです。私は、ケーキ屋さん、電器屋さん等のショップに行ったときには、その店員さんの接客がつい気になり、さりげなく、しかし注意深く観てしまいます。その彼女が働いていたお菓子屋さんは、接客マニュアルがしっかりできていて、店員さんも清楚でどの店も均一的にとても好印象な応対でしたから気に入っていました。そして、当時は、当社の人材を探していたときでもありましたから、余計についそのような目で観ていたのです。彼女の場合、背が高くすらっとして、しかも容姿端麗。結局何度かこの彼女の接客を受けたと思うのですが、つい先日までは思い出せませんでした。当時は髪をアップにされていましたから、思い出さなかったのでしょう。彼女はすでにその店を辞めたとのことですが、当時のその接客は、マニュアルを超えたものとして、私に好印象として残っていました。そして、当時、私はその店に行く度に、「この人我社に欲しいな・・”^_^”」と、少し気持ちも高揚しながら思いつつ、お菓子の注文をしたものです。今日、本人達と談笑するなかで、私たちは互いにそれを思い出したのです。私は、即Y君にいいました。「この野郎!俺の方が先に彼女に目をつけていたのに、横取りてしまって」「油断も隙もない奴やな・・」(@_@)「社長 勘弁してくださいよ・・」"^_^"なんやかで、楽しくクリスマス前前夜祭りは過ぎていきました。
2005年12月23日
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昨日は私、福岡よびりん学校4期全6コースの1回目がありました。私はこの勉強会における、2期('04)そして志願の留年3期('05)と学ばさせていただきました。全国年間150回の公演活動をされているよびりんさんですが、決して講演の場では聴けない、奥深く内容の濃い学びをここでは持つことができました。さて、そうしたなかで、心の内に大いなる気づきの財産をいただいた私ですが、この日、またまたつい突如の乱入をしてしまいました。この日登場したのは、next3号ということにしておきましょう。(^^)今回参加するとは、事前に主催者のsfp.さんには伝えてはいませんでした。もちろん、どこかの元球団オーナーのようにいつまでも親父が顔を出していたら会も活性化せずに申し訳ない、いい加減に嫌われるかも・・とも思い、とりあえず今回は不参加のつもりでした。しかし、気がつけば福岡行きの高速バスのなかにいる私。前日、あの良きメンバーに会いたし、いつまでも留年は照れくさし・・と思いつつ、sfpさんにやや未練がましくTELすすると、「今回はあの大場久美子似のパワールックMIWAKOさんも来きますよ」の言葉。それを聞いた躊躇のなかの私は、即「あっ そう! じゃあ行く」(*^_^*)と実に軽い男なのであります。結局私は、温もりのあるこの皆さんの輪を離れがたいのかもしれません。結局その場に行った私は、集った面々に、この日も懲りずにまた参加した訳を、「sfpさんからしつこいほどに要請を受けてしかたなく・・」ということにしておきました。3階の勉強室から眺める隣地の公園の向こうかに、小走りにやってくるMIWAKOさんをsfpさんと見つけると、私は、遠景にも関らず何故か、手を照れくさく振りました。この日初参加の社労士さん達、前回から参加のyg1972さんや中睦まじい歯科医師ご夫婦、そしていつも明るく魅力的なきらりんさん・・ここは女性も美人さんが多いのです。注意:私はあくまで勉強で行っております。この日はよびりんさんより、全員に本のプレゼントもいただきラッキー。(あの、是非一度お会いしてみたい「亞」さん経由のものでこれもよびりんさんと亞さんの、縁のお裾分けをいただいことになります)いつもの皆さんとの、とても心地よい輪のなかで、2:00pm~6:00pmまでのためになる学び、そしてその後の極めつけ、「居酒屋続学びの会」。9時過ぎ、寒風刺す、冷え込みのきつい街路に出て、皆さんと明るく別れました。北九州市着くと路面は凍てつき冷凍庫内のような雪景色でした。1期6コース(6カ月間)×2+1毎回違った発見、新たな気づき。私が縁をいただいた学びの期間。そしてこの日のプラス1。やはり押しかけた甲斐があった充実した内容でした。今回でとりあえず?、私は卒業しますが、いつか又、このプラス1の気づきを求めて、いつ乱入するやもしれません。そして人恋しくなったら・・皆さんご注意ください。そしてそのときは、どうか良き面々、温かく受け入れてくださいよ。(^^)
2005年12月18日
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新春5日の当社事務所移転に向けて少しばかり忙しくなってきました。新規場所への荷物搬入は、1月5日に行いますが、年内に電話工事や、ネット整備、現在地の整理等々を段取りよくしなければいけない日々です。先日、当社がいつも利用している畳屋さんが来店しました。「社長、力だけは強いですから、引越しの手伝いは何でも言ってください」その人、私より年上で、細身ですから大丈夫かな、と思いつつも、やはりそこは商売柄の年季というもの。十分頼りになりそうです。(^^)当社は少しばかりの賃貸管理もしていますから、契約者の入退去にともない発生するリフォーム等を、誠実で信頼できる馴染みのこの業者さん達に依頼しています。互いに連携する、内装、電気、ガス、水道、畳、掃除の各業者さんは、それぞれ個人経営なのですが、皆さんいずれも誠実で気持ちのきれいな、信頼に足る良い人なのです。発生するトラブルにも精通、適格に対応でき、緊急にも身軽に動いてくれ、しかも多少の不具合なら料金もとらず見てくれるのです。オーナー様から管理を預からさせていただいている立場からすると、自信を持って当社が信頼できるパートナーなのです。そして、普段は決してオーナーさんには伝わらない、大切な部分を担ってくれている陰の功労者さん達でもあるのです。このグループではリーダー的存在の内装屋さんは、「この年末年始は、車も身体も空けておくので、いつでも加勢しますよ」と言ってくれました。その彼ら、私が関係する講演会等の催しに声を掛けると、普段見慣れた作業服の彼らは、当日は、必ず正装して会場にやって来ます。「仕事途中で忙しいし、何ら改まる必要もないので普段着で十分」というのに、リーダーは皆に声を掛け、必ず全員正装でやって来るのです。そして「いや、社長に恥をかかせられませんから」と言ってくれるのです。いつも発注している仕事量は、大したものではありません。逆に、緊急、無理難題を頼んで、迷惑ばかりかけているのはこちら。世話になっているのは、実は、多分に当社の方にあるのです。私自身いろんな想いで初心に返っての新しき年2006年は、この人達に引き続き支えられながら、そして勇気付けれ始まります。そして、私も、多少なりとも彼らに報いることができるように、ひと頑張りしたいと思うのです。
2005年12月16日
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今日も雪が舞っています。今年も一年はあっという間に過ぎていきました。しかし、また新らたな出逢いと想い出をいただき、人とのご縁に深々と感謝の念で一杯の一年でもあります。昨年に続いて、小生、留年?の身であった福岡よびりん学校は、4月からの6カ月コースは実に楽しい語らいと勉強の場でした。よびりんさん、そして、ここでの人との出逢いは、「目からうろこ」でもありましたし、楽天日記と共に、人との縁の連鎖による有難さと大切な心の気づきもいただきました。7月、よびりんさんの会社屋上にて、「博多追い山笠」大ビアガーデン大会も実に楽しかったですね。福岡楽天仲間が大集合でした。美人さんばかりで照れましたが。”^_^”8月には東京にて、以前から気になっていたこの方に、いろいろ訊ねたくて、無謀にもアポなしでお会いさせていただきました。東京での講習に行ったついでに、とりあえず会社の前までも、と思っていたのですが、青山、表参道のそのビル前に立つと、気持ちを抑えられず、だめもとでオフィスをノックしたのです。突然何者の乱入かと、びっくりされましたが、仕事中にも関わらずに快く応対していただき、なんと、近所の芸能人も時々立ち寄るという「スターバックス」で、コーヒーまでご馳走になって話をさせていただきました。15分位でしたでしょうか、美人社長を前に少々上がってしまい、額に汗かきながら取り留めなく話してしまいました。しかし、ここでもまた気づきをいただいたのです。そうそう、帰りの東京駅での列車待ちの間に、楽天仲間の方とお会いする機会がありました。建ってまもない、丸の内オアゾの居酒屋で、昼食をご一緒させていただきながらしばし話しましたが、とても素敵な方でした。この楽天仲間には、多くの素晴らしい才能と心の持ち主がおられます。あの栢野さんに勧められて始めたこの日記。私にとって大きな財産となりました。やはり人との出逢いは素晴らしいと思います。様々な発見と、気づきと、勇気と・・勉強させられること多々あり。終わりがありません。さあ、残り少ない’05年とやってくる新しい年に向かって、更に前向きに多くの人々から引き続きご指導いただきたいと考えます。
2005年12月13日
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今朝の屋外は、寒風刺し込む、まるで冷凍庫内の様相でした。わずかに吹雪いていた朝、今年の冬は、この地に本格的に舞い降りたようです。あまりに寒さが厳しいと、つい身も心までもがちじこまってしまい、動作も思考も緩慢になってしまいます。人は実に勝手なもので、暑ければ暑いで秋や冬を想い、寒ければ寒いで春や夏を恋しく想います。ところで近頃は、この国ならではの四季の移ろいも風情も、日常のなかに、味わう気持ちをつい見失いがちです。そして、12月における街の様子も、以前の様に、1年の締めとしての師走の光景をついぞ感じさせなくなってきました。多分に日本的な良さを含んだ、季節と行事の節目、変り目というものが、限りなくボーダーレスになっていくような気がします。同時に、新年を迎えるにあたっての強い想いも感慨も、節目に改まることもなくなってきているようです。年初に、今年こそ・・の想い。確かに私なども、いつの頃からか、元旦節目としての「計」というものを、その時に特に感慨深く決意することもなくなりました。それは、日常における慌しさによるものでしょうか。仕事をしていれば、年度途中でその「計」は突然にもやってくることもあります。そしてそれは、日々のなかの要所要所において、軌道修正や新たなる計の発生ともなります。それこそ1年の計は計として、人生においてはボーダーレス状態にあるのも事実です。最近とみに一月一年の月日の流れを早く感じます。変化のスピードの速い現代において、惰性的ボーダレスな日々に流されるのは注意しながら、自分をしっかりと計っていきたいものです。さあ、節目としての新年元旦は、一応、「計」に対する気持ちを引き締めて。
2005年12月12日
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昨日は、私事について、よびりんさんの日記で披露していただきました。恐縮です。「家内あっての私・・」という内容です。確かにその通りでありまして、私の人生というものを振り返ってみますと、家内の存在なくして語れないのであります。私は、一言では語り得ない困難というものを、これまでの人生でいくつも経験させもらいましたが、そのなかにおいて彼女を現在進行形的に巻き添えにしているとの、強い自省の念が私に今も存在するのです。私でなかったら十分幸せな人生だったろうに。しかし、私と一緒になったことで、実に気苦労の多い人生を背負い込んでしまった・・。ところで、結婚前の付き合っていた頃、彼女はすでに働いておりました。私の卒業を前にした、県外での就職活動をみて、彼女は、「やれやれ、やっとこれで別れることができる。」と思ったそうです。”^_^”ところが、私は、その就職試験に落ちて、再び彼女の元へ舞い戻ってしまいました。神様がわざと私を引き戻したのでしょう。(^^)彼女、不幸。私、ラッキー。そんなこんなんで、どうやら結婚式当日まで、彼女は本当に私との結婚を躊躇っていたらしいのです。そして、いつか、妻に当時の事を言われたことがあります。なんと、そんな妻の気持ちの揺らぎの折、私は、「別れないで」と最後は泣き落としをしたと言うのです。これに限っては、私の記憶にないことで、私は本当かな?と思うのでありますが、藁をもすがる気持ちで、ひょっとしたら・・あったかもしれません。トホホ。とすると、どうやら彼女の寛大な心によって、私は救済されたことになるのです。そして結婚後も、ずっと迷惑掛けっ放しで、なんとか幸せのリベンジをと、内心焦りながらも、あるのはただただ、私と一緒になったばかりに、と彼女への懺悔の念でいつも一杯なのであります。今も懸命に私なりに仕事を頑張っているのは、未だ達成していない、彼女への恩返しの為でもあるのです。自分自身の生き方は一所懸命で誠実だったとは自負しておりますが、家族への真の幸せというものの確保ということについてはどうやら不安定だったのは確かなようです。しかしながら、妻殿、どうかこの気持ちだけで今のところ勘弁して・・”^_^”ということで、「妻がいなかったら私はだめだった」・・は本当なのです。感謝しかありません。ところで、この様に書いている私ですが、本人には優しい言葉をかけることはほとんどありません。優しくない夫であります。ところで、私にはもうひとつブログがありました。bossの隠れ家これは、私がふとしたときに立ち寄るための、本当にそっとしておくためのものでした。ここは、別名「一人客の店」と言って、どこかで見たようなマスターと、客である私の、いつも二人しかいない店なのです。ふとした時に立ち寄る、私のとっての木陰の様な存在で、今日のような自分自身のもう一つの想いというものは、ここにその都度そっと記していこうと思っていました。ところが最近楽天に結構思いのたけを綴っていまして、ついこちらの日記のこと、このところの慌しさで忘れておりました。そしてそこにも少し今日のような気持ちを書いております。すぐ閉まってしまう本日だけの「隠れ家」です。
2005年12月11日
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昨日は私が参加している経営勉強会の理事会・総会がありました。そして、四年程前から参加させていだいている、その勉強会での私の役職というものを、昨日にて降りることになりました。ここでは、会内部に構成される5つの委員会の内、私は広報委員会というものに属させていただき、委員長としての役を丸三年間勤めさせていただきました。50名程の会員の皆さんは、若い方から年配の方まで、いずれも勉強熱心で、スキルも高く、入会のきっかけを得た後の私は、ここで経営についての様々な自分の反省点と多くの気づきを皆さんからいただいたわけです。そして多くの勉強の場において、様々な経験も積まさせていただきました。この会の目的による、やや窮屈さもありましたが、皆さんとても良い方ばかりで、真の経営を目指して真摯に姿勢を向け頑張っておられるなか、時に飲みながら、良いお付き合いをさせていただきました。そんな会にあっての私は、熱心な皆さんに比べてやや異質?な存在といいますか、出来の悪い?といいますか・・良さは良さで、皆さんのようにどっぷりとはまり込むこともできないなか、会の運営や組織のなかでの責任の在り方等について、経営については若輩でありながら、時には私なりの辛口コメントを先輩同輩にしながらも、日々の会員間広報については、これまた私なりのジョークで、時におもしろおかしく、堅い会を大いに柔らかくと、会の潤滑油的役割を担うべく、私なりの「渇」で、多少の無礼も大目に見ていただきながらも、会運営においてある種の自由さを私にいただきながら、頑張らさせたいだいたのです。それは、やや異質の人間がいただいた委員会の長としての役割を、私なりに考える大切な本質というもので担うことができたと自負しております。私の場合、この会でも、また業界の組織内でも、結構言いたいこと言わせてもらっております。良くも悪くも、ここだけは曲げられない的なとこが多少ありまして、私としては度が過ぎると欠点にもなりかねない部分だと思っています。そういう面からは、昔から組織というものには向いていないかもしれません。さて来年は、様々な私自身の反省点に立ち、初心に返って本業に専念しようと思っています。ぞれぞれ与えられた場における時間の費やしは、いずれにしても何かのお役に立てていることではあるし、同時に自身の捉え方次第で、自らの成長に何がしか寄与していることは確かでしょうが、当社のように小さな会社においては、ややもすると社員さんにも多々迷惑をかけているところがあったのではないかと思っています。未熟である本来の業務に向きなおして、社長としての責任を先ずは全うしなければなりません。そのようなわけで、自由の身になりたく、先般、会の職を解いていただきたく申し出したのです。結局、私は引き止められ、良き人達のなかで私がいただいた勉強の気づきと、その事による、皆さんに対する恩義と縁はそのまま残すことになりましたが、これからは会への関わりはフリーということにしていただいて、私の自由は少し戻ってくることになりました。もうひとつ来春で、これも結構時間を取られていた業界の役も降りることになります。組織の役や地位等、私には不要なものであると同時に、私としては、私なりの生き方の自由さの確保が大切で、いつでも自分自身を身軽な状態においておきたいという想いがあります。例え組織の重鎮や大先輩方達にも、引けないところは、私なりの進言をずばりしたりもしています。しかしながら、時にやや偏屈で無礼?な若輩者の立場をとなりながらも、皆さんには寛大に許していただいたりもしております。まあ、自分のポリシーは貫きながら、但し悪いと思ったらすぐ謝りますから・・いろいろ欠点はあるけれど、そこが良いとこだと自分でも思っております。(^^)自省の気持ちは忘れずに、決して後には残さないよう。未だにいろいろな場所、場面において、失敗を繰り返しながら、なかなか自己成長できずに、課題の日々を送っている私ですが、この二つの会において、今回、我がままをお許しいただいたことに、心より感謝の気持ちで一杯であります。
2005年12月09日
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師走の街は、私の目に、少しばかり慌しく映ってきました。私はこれから年末、そして年始に掛けてと、当社の移転準備で多忙な日々となります。営業も移転も・・小さい会社は走りながらです。移転の日が迫るにつれ、私の気持ちも少しばかり引き締まってきて、心の内に対峙したもう一人の自分に静かなる決意表明。12月に入ってからの私は、ポジティブに気持ちと行動をとりながら、しっかり前を向いています。しかし、いつもの調子で、少しのきっかけを「運」と捉えるお気楽なところが多々ありますから、やや振って湧いたようなところもありまして、少々準備計画不足ではあります。私のいけない点でもあります。しかし、機会は機会として良しとし、再度初心に返って、「待ち受けるか山あり谷あり・・」にも怯まず精進したいと思うのです。前を向いていれば、きっと結果としての、様々な良き出逢いが待っていることでしょう。格好良く言えば、いついかなるときも「天」は友達。どの様な逆境のときも孤独なときも、天を仰げばそこに答えはあります。己の生き方を「天」に問うて、自分自身が納得の確信を得ることができれば、決してめげることはありません。人間、例え日陰の身にあったとしても、あるいは孤独感のなかにおいても、生き方における真実の自分というものを、少なくとも、一番の理解者である自分自身と、そして誰よりもしっかりいつも見通してくれている「天」の二つが見ていてくれているのだとすれば・・その双方だけはしっかりと己の生き方における味方であるに違いないのです。そして、それは何にも代えがたい自分にとっての大きな支になるのだと私は考えます。これ本当ですよ。私が実の経験者です。私の場合、幾度の苦境もギブアップ状態も、最後はこの部分が自分を立ち直らせてくれたのです。さて、そんなことはさておいて、来年は心機一転頑張ろう。(^^)強気なことを言いながら、内心は希望と少々の不安・・”^_^”私も迷いだらけの人間ですから。トホホ事務所移転計画
2005年12月06日
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今年初雪の寒い朝でした。一昨日から妻方の法事のため、四国そして関西からと、女房殿の姉妹がやってきました。一昨年は、我が家の近くに住まいしている女房殿の両親のうち入院中の父親が元旦に亡くなりました。そして5月には同様に、郷里で病院生活を送っていた私の父も逝ってしまい、その年は、とても慌しい一年でした。しかしそれも早いもので、すでに二年が過ぎようとしています。当時両親の世話で大変だったのは私の妻でした。私の場合、過去においても、実の親に対して、優しい言葉も、会話も不十分な親不孝なところがありまして、その分、私もつい妻に甘え、女房殿が随分と私の代わりに、長きに亘って尽くしてくれました。感謝、感謝であります。会話不十分といえば、実は私、未だに妻の名前を呼んだことがありません。付き合っている(拾っていただいた?)頃よりであります。それはつまり、私が嫌いな蟹を食べた記憶がないほどに、彼女の名を呼んだ記憶もないのですから、やはり断言できることだと思います。ということは、これからも呼ぶことはありえないでしょう。いまさら面映くて出来るわけもありません。では日常において私は、妻をどう呼んでいるかって?そうですね。あの大平首相のように、「あ~っ うっ~」「もしもし・・」「ちょっと ちょっと」「あれ、それ・・」などと赤子の様な事を言っております。トホホ私には兄弟姉妹もいません。年の離れた妹がいましたが、私の中学生の頃に亡くしました。また両親の縁戚に縁薄い私には、実の肉親以上によくしてもらっている、この妻の姉妹夫婦、そして母親との縁を心から有難く思うのです。この日、久しぶりに我が家に皆が集い、妻が手料理でもてなし、わいわいがやがやと弾んだ会話の中で、私はここでも無口で無愛想に・・さしずめ私は、炬燵を前に団欒の輪の傍らで、忘れられたように丸まっている猫の様。私は頬杖で横になり、飛び交う楽しい会話をただ黙って聞きながら、実に平和的な気分。・・黙って聞きながら、・・三姉妹で、やはり私が一番得したかな(^^)・・と何気なく思いながらただひたすら寡黙に寛いで・・自分としては最もリラックスできている最良の時を過ごしながら・・今朝、薄っすら雪化粧の景色にはしゃぎながら、2日間楽しく過ごした姉妹はまたしばしの別れです。
2005年12月05日
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いよいよ佳境に入ってきた大河ドラマ「義経」。私としては、今回は、俳優人もしっかりした布陣で、脚本もよく、出来は上々ではなかったかと思っており毎週楽しみにしています。極めて日本的な情緒感を持つ物語りですから、多分に見る側としては、つい感情移入してしまうところがあります。先週の放送は、歌舞伎の勧進帳でも有名な「安宅の関」でした。義経の逃避行。北国落ちでの「安宅の関」での義経と弁慶。泣かせるな~。で、いよいよこれからクライマックスへと相成ります。この義経と弁慶達との、利害のない、理屈云々でない繋がりの主従関係は実に羨ましい限り。「大局的に一つの事を成す」それがある種の器量とすれば、義経は頼朝にははるかに及ばないかもしれません。情としても直線的であるがゆえの脆さ。しかし逆にその感情は表裏のない魅力となり、又信頼できるその人の心情となります。その大局的に事をなす観点からして、信長、秀吉、家康・・と、明らかに時代の大きな核となった人物を英雄と呼ぶに異論は誰しもないでしょう。しかし、日本的につい、私は、パワー溢れる覇者より、悲劇性の義経を思ったりするのですね。そしてつい日陰の人にスポットを当ててあげたくなったりもします。私の好きな歴史上の人物に上杉謙信がいます。彼は、戦のなかでの自分に苦悩しながらも、結局戦いの日々のなかで生涯を費やしたのです。しかもただただ「義」のための戦で、自分の領土欲なんて微塵もなかったようです。群雄割拠の戦国時代にあって稀有な存在です。私があの時代に生まれていたら、数いる武将のなかから主として選んだ一人でもあります。謀反の明智光秀、家康に敗れた石田光成。その石田光成に、負け戦と分かっていながらも、これまた彼との友情のために戦場に赴いた大谷吉継。彼らはみな城主としては立派な人だったようです。後年の人物では、西郷ドンに比べ、大局感は持ちながらも何故か不人気の大久保利通・・そして、郷里の大先輩である吉田松陰先生。郷里に帰るといつも立ち寄る松下村塾。そこではいまでも、当時の高杉はじめ、仲間の、楽しい勉学の場が浮かんでくるようなのです。いずれにしても、上記に羅列した人達の魅力は、終わりにおける自身の身辺は実に質素であったこと。大義の中での自分が実にシンプルで、そこが人間としての信頼に値します。権力、名誉とは無関係のなかでの生き様に惹きつけられます。そして「義経」・・私も行動を共にしたい!ドラマとしての一時の感情としてではなく。理屈抜きに、その繋がりは、心の平安と充足感にいつも包まれていそうで、この上ない最良の人生を送れそうです・・あっ!最後は悲劇性を秘めていたのですね。まあそんな結末は二の次。人生この様な気持ちの関わりを持ちたいのは本音。しかし、気がつくと、私の仕事人生は、この心の充足感を求め続けながら彷徨い、結局八度の転職に及んだのかもしれません。
2005年12月03日
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