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フィラデルフィア、ケンジントン・アベニューにおける薬物と犯罪の問題フィラデルフィア市全体では、暴力犯罪と薬物乱用が深刻な問題となっています。同市の暴力犯罪発生率は、全米平均や同規模の他の都市圏と比較して高く、薬物過剰摂取による死亡率も憂慮すべき水準です。2013年から2015年にかけて、市内の薬物過剰摂取による死亡者数は50%増加し、殺人による死亡者数の2倍以上となっています。ケンジントン地区の高い犯罪率と薬物乱用は、フィラデルフィア市が抱えるこれらの問題に大きく影響しています。ケンジントン地区は薬物の流通量が多いため、フィラデルフィア市内で3番目に高い薬物犯罪率(3.57)を記録しています。この問題には、全米各地と同様に、オピオイド危機が大きく関わっています。過去20年間で米国におけるオピオイド乱用は急増しており、フィラデルフィアも例外ではありません。薬物過剰摂取による死亡率が高いことに加え、フィラデルフィアの過剰摂取による死亡の80%はオピオイドによるものであり、ケンジントン地区はこの数字に大きく寄与している。このフィラデルフィアの地区は、東海岸で最大の屋外ヘロイン市場があると言われており、多くの住民がヘロインやその他のオピオイドを求めてこの地域に集まってくる。ケンジントン地区にこれほど多くの薬物が集中していることから、多くの州および地方自治体の関係者が、フィラデルフィアの問題解決のためにこの地区に注目している。
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「今年もちゃんと自主トレやっとけよ」 愛工大名電高時代の同級生で、甲子園にも出場した高田広秀は、イチローにそう言われている。彼はイチローの草野球チームで高校時代と同じ三塁を守る選手なのだ。「イチローの練習って無茶苦茶スパルタなんです。草野球なんだから、楽しくやるよって言ってたんだけどな、最初は」 ところが、昨年12月になってイチローが突然「日が迫ってるからしっかりやれ」と言い出した。打撃投手やノッカーを務めるのは、本気モードのイチロー自身だ。 高田たちが練習場で歩いていただけで、「ダッシュだ!」とどやされる。イチローがノックする打球を下がって捕ったら「前へ出ろ、前へ!」。打球を身体で止めると「そうそう、それだ!」。時には「野球をナメるな!」と厳しい活も入れられる。 「もう、怖い、怖い。イチローに散々しごかれたおかげで足がパンパン。当日は強力なロキソニン飲んで試合に出ました」 投手イチローとバッテリーを組んだ捕手が覚えている練習 イチローは現役時代、人一倍練習で汗を流し、自らを限界まで追い込んでいた。草野球でも妥協を許さぬ姿勢は変わらない。高校時代、投手のイチローとバッテリーを組んだ同級生の捕手・畑憲作が言う。「僕らの高校時代、1980~'90年代の“名電野球”です。昔は毎日そういう練習をやっとりました。いつも必死でがむしゃらに、ユニホームをドロドロにしてね」 その中で最もユニホームを汚していたのが「イチロー」になる前の鈴木一朗だった、と誰もが思うだろう。が、意外なことに、畑も高田も口をそろえて首を振った。 「いや、一朗のユニホームだけは、ずっと真っ白でした。高校時代の彼は、とにかく誰よりも練習をしなかったんですから」 当時の呼び名は「イチロー」とはアクセントの異なる名古屋弁での「一朗」。上級生がいる1、2年生までは全体練習に参加していたが、夕食後の自主練習はしたことがない。3年生では全体練習すらまともにやらず、姿を消していた。高田が言う。「僕らが泥だらけになっているころ、最後のメニューのベースランニングに、一朗がまたやってくるんですよ。猛スピードで20周走ったら、寮に帰って一番風呂や」 練習していない間、一朗は何をしていたのか。高田が本人に聞いたら、「トレーニングルームで昼寝したり、寮で新聞や雑誌を読んだり」という答えが返ってきた。 「一朗が読んでいたのは日経新聞。それも株式欄を熱心に見てましたね。初めて株を買ったのは中学のころだそうです。一朗は野球じゃなく、勉強の特待で名電に入ったくらいで、頭も僕らよりよかったから」一朗が陰で練習していたところなんて…… 一朗がプロで功成り名を遂げると、名電時代は陰で秘かに猛練習をしていたという伝説が広まった。練習試合のために名電の寮に泊まった他校の選手が、夜に打ち込みをしている一朗の姿に驚いたという逸話もある。が、一朗と3年間寮生活をともにし、二段ベッドで一朗の下で寝起きしていた畑は、そうした噂をきっぱりと否定した。 「一朗が陰で練習していたところなんて、僕は一度も見たことがありません」 他校の選手が夜中に目撃したのは、一朗と同じ左打ちで体型も似ていた主将の深谷篤だったらしい。そうした中、一度中村豪監督が怒り出し、一朗にも自主練習をするよう命じたことがあった。高田が語る。 「そうしたら一朗は、スリッパ履いて室内練習場に現れたんですよ。『ちょっと打たせてくれるか』って言って打撃マシンの前に立つと、左じゃなく右で、すごい打球をガーン! ガーン! ガーン! 滅茶苦茶打って、さっさと帰っちゃいました」 卒業するまでそんな態度が許されていたのは、一朗が最初からそれほど別格の存在だったからこそだ。入学する前、父・宣之とともに「プロに行ける選手になりたいんです」と中村監督に明言。「名電のセレクションで初めて会った中3の夏から、次元の違う存在でした」と高田は言う。170cm、55kgと当時は見るからに華奢だった。捕手の畑は「こんなにガリガリで野球をやっていけるのかと感じた」ほどである。が、一朗の投げる球を初めて受けた途端、高田と同様、畑の印象も一変した。「ミットを構えたところにピシーッ、ピシーッと正確に来るんです。彼と一緒なら俺も甲子園に行かせてもらえると思った」プロを見据えていた一朗が、練習をしなかった理由 高田や畑が体力作りのトレーニングから始めた1年生のころ、一朗はひとり上級生に混じって練習試合に出場していた。ときには先輩やコーチに手を上げられたこともある。その場に居合わせた高田は、一朗の目つきに思わずゾッとしたという。 「先輩やコーチにやられてもやり返すわけにはいかないから、ひたすら我慢するしかない。その間、一朗はものすごく怖い目をして相手を睨んでるんです。そりゃもう、ちょっとヤバイくらいの目つきでした」 そんな一朗は、食事面でも自分の嗜好に徹底的にこだわった。 寮の食堂では野菜に箸をつけず、隣の深谷に全部回してしまう。大好物はスナック菓子と缶コーヒー。 3年生になると、カップ麺が“主食”になった。いまもイチローを「鈴木さん」と呼ぶ1学年下の後輩・吉田猛が明かす。 「カップ麺は禁止されてるから、鈴木さんは午後11時の消灯後に食べるんです。僕は毎晩、『吉田、お湯』と言われて、カップ麺を持って給湯室へ行ってました」 吉田は5つの薬罐に少しずつ水を入れ、5台のガスコンロにかけた。そうすれば、1個の薬罐、1台のガス台よりも5倍早く湯を沸かすことができるからだ。 そんな一朗は女子高生たちのアイドルでもあった。試合や練習には名電だけでなく他校からも女生徒が20~30人も押しかけ、「一朗く~ん!」と叫びながら即席カメラ〈写ルンです〉で写真を撮る。高田や畑が彼女たちの視線を遮ると、嬌声が「どいてよ~!」と罵声に変わった。そんな自分のファンを眺めて、「どの子がいいと思う?」と一朗は吉田に聞いたりしていた。高校野球は余裕でやれるぐらいでなきゃダメなんだ それにしても、一朗はなぜ、高校時代にあれほど練習をしなかったのか。プロ入りしたのち、彼は高田にこう説明している。「高校のレベルで必死にやった、一所懸命頑張ったって言うような選手はプロに入っても活躍できないんだよ。高校野球は余裕でやれるぐらいでなきゃダメなんだ。だって、高校、大学、社会人で、一番楽なのが高校野球だろう。金属バットなんだから」 一朗の言い分を、高田が解説する。「結局、僕らが高校でやっていたことを、一朗は中学までにすべてやり終えていたんでしょう。お父さんとの二人三脚の練習でね。中学時代からプロへ行くんだと決めていて、高校ではプロ入りするための準備に専念していた。下手に身体を酷使して故障したら元も子もない。一朗にとって、名電も甲子園も通過点だったんですよ」 「そんな高校時代の実像がそろそろ明らかになってもいいでしょう」と、畑が言う。「一朗がプロ3年目ですごく騒がれるようになったころは、僕たちも下手なこと言っちゃいかんという意識がありました。彼は高校でもすごい練習してましたとか、僕らが風呂入って漫画読んでるときでも素振りしてましたとか、マスコミには適当に建前を言わざるを得なかった。でも、このトシになったら、ある程度は本当のことが知られても構わないんじゃないかな」高校通算打率.501、当時から一発は捨てていた? 一朗が独自の信念を貫いた高校時代3年間の通算成績は、151試合、536打数269安打、打率5割1厘、打点211、本塁打19、盗塁131。当時から「一発は捨てている」と一朗は高田に語っている。「自分のスイング、バットの軌道はホームランを打てるバッティングじゃないから」 だから、19本の本塁打にまぐれ当たりはない。すべて狙って打ったものだ。「2本は予告付きでしたよ」と高田が振り返る。「とくに'91年の愛知県大会準決勝、滝高校との試合で一朗が打った一発はすごかったな。4-0でリードの4回2死満塁、監督から『ホームランを打て』と言われて右中間にガツーン! みんながびっくりした」 しかし、ベンチに帰ってきた一朗の表情はクールそのもの。高田が「神様だね」と言ったときだけ、うれしそうに笑った。「最近になってイチローがよく言うんですよ」 その年の秋、オリックスにドラフト4位指名を受けてプロ入り。一朗からイチローになると、「俺は誰よりも練習してる」と高田に明かしている。イチローにとって、高校時代は、大きな跳躍に備えての助走であり、踏み切り板だったのかもしれない。 そんなイチローを世界的プレーヤーへと押し上げた源泉は何だったのだろう。高田は「気合と根性です」と言い切る。 「最近になってイチローがよく言うんですよ。『野球は勝負事。勝負事は気合と根性。結果、そこに行き着くんだ』と。高校時代にコーチを睨みつけた目つきとか、ホームランを狙って打つ勝負強さとか、すべては彼の持つ気合と根性の賜物なんです」 ただ、「俺はそういうところを見せるの、あんまり得意じゃないけどね」と付け加えているところがイチローらしい。 Number1049号(2022年4月14日発売)よりオリックス時代に、イチロー選手の専属打撃投手を務めた奥村幸治さんの話キャンプ期間中、2軍でプレーしていたイチロー選手は、夕方に練習を終えると、早々に眠りに就いた。そして皆が寝静まる深夜にこっそり部屋を出ると、室内練習場で数時間の特打ちをするのを日課としていたところがシーズンが始まり1軍入りを果たした彼は、全くと言ってよいほど練習をしなくなってしまったのである。不思議に思って尋ねてみたところ「体が疲れ過ぎるとバットが振れなくなるから」とのことだった。1軍でまだなんの実績もない選手が、自分のいまやるべきことは何かをちゃんと理解して行動している。私の知り合いにもプロ入りした者が数名いたが、彼の取る行動や言葉のすべては、他とは一線を画すものだった。例えばこんな調子である。「奥村さん。“目標”って高くし過ぎると絶対にダメなんですよね。必死に頑張っても、その目標に届かなければどうなりますか? 諦めたり、挫折感を味わうでしょう。それは、目標の設定ミスなんです。 頑張ればなんとか手が届くところに目標を設定すればずっと諦めないでいられる。そういう設定の仕方が一番大事だと僕は思います」2軍時代のイチロー選手は、マシン相手に数時間の打撃練習をしていたが、普通の選手に同じことをやれと言っても、それだけの時間、集中してスイングすることはできない。それがなぜ彼には可能なのかといえば、私はこの「目標設定の仕方」にあるのではないかという気がする。イチロー選手には自分にとっての明確な目標があり、その日にクリアしなければならない課題がある。その手応えをしっかりと自分で掴むまで、時間には関係なくやり続けるという練習のスタイルなのだ。私が彼の基盤として考えるもう一つの要素は、継続する力、つまりルーティンをいかに大切にしているかということである。ある時、イチロー選手にこんな質問をしたことがあった。「いままでに、これだけはやったな、と言える練習はある?」彼の答えはこうだった。「僕は高校生活の3年間、1日にたった10分ですが、寝る前に必ず素振りをしました。その10分の素振りを1年365日、3年間続けました。これが誰よりもやった練習です」私は現在、少年野球チームの監督を務めているが、それと比して考えてみると、彼の資質がいかに特異なものであるかがよく分かる。例えば野球の上手な子にアドバイスをすると何をやってもすぐできるようになる。下手な子はなかなか思うようにいかない。ところが、できるようになったうまい子が、いつの間にかその練習をやめてしまうのに対し、下手な子は粘り強くそれを続け、いつかはできるようになる。そして継続することの大切さを知っている彼らは、できるようになった後もなお練習を続けるため、結局は前者よりも力をつけることが多いのである。その点、イチロー選手は卓越したセンスを持ちながらも、野球の下手な子と同じようなメンタリティーを持ち、ひたすら継続を重ねる。私はこれこそが、彼の最大の力になっている源ではないかと思う。(本記事は『致知』2010年6月号 連載「致知随想」より抜粋したものです)
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