1

子どもが隠し立てをする。子どもが何も話してくれない。何故?親が原因の場合が多い。非の打ち所のない親でも、子どもは親に幻滅する。子どもが親に高い理想を抱いているから。子どもが信頼を抱いているから。親が威厳を失い子どもじみた親の態度は子どもにショックとなる。子どもは本来、誠実さを大切にする。だから、自分が間違っているとか、知らないとか、あるいは公平さや正義を欠いていたと認める親を子どもは尊敬する。親が子どもを認めれば子どもも親を尊敬する。来年こそは、子どもを認める親になろうと、大晦日の今日の決意ぞ。
2007.12.31
閲覧総数 4
2

T君の話。T君は老人ホームでボランティア。入所されているあるお婆さん(Aさん)がT君に。Aさん「学校は男子校に行ってるの?」と。T君「いいえ」と。Aさん「それじゃ女子高に行っているの?」と。T君「・・・????」と絶句。この話を老母に話すと、老母は「ははは」と笑いながら、「本当はどっちの高校?」と。私「えっ・・・・?」
2009.09.06
閲覧総数 4
3

3つの「ありがとう」の感謝の言葉は、良い行動をはっきりさせることにもなるので、子どもにとって方向が定まりやすくなる。子どもに「ありがとう」の感謝の言葉が言えるようにしたいものである。この言葉は関係性をスムーズなものにし、相手を敬う心も身に付けさせるようになる。例えば「集団を作ることが目標」とすれば、「立っちゃダメ」と叱るよりも、「座っていられたね」とほめたほうが良い。「おかけで、校長先生の言ったことも良く聞けて、わかったわ。ありがとう」の声かけで、子どもの集団もいい方向に変化する。特に、他の子どもに誘発されやすいADHDやASPを抱えている子どもの多くは、褒められ、感謝されることで自尊感情が生まれ、これまでの防衛のための過剰反応などもなくなり、集団の望ましい行動やルールが明確になり、集団の中で自分は安心して居られるとなる。難しいのは、彼らが理解され、いつも褒められることが続くわけではないことだろう。たった一回の叱責で、せっかく出来つつあった「自尊心」が一気に崩れることもある。もうひとつのブログ http;//mishima.cc/
2009.02.15
閲覧総数 2
4

彼れらは飽きっぽいと誤解されている。見た目にはそう映るのかも。しかし、彼らの粘り強さは尋常じゃないものがある。粘りと集中と辛抱強さは驚異的。彼らはこれが好きだと言う場合、それへの取り組みは常人に見られない。一途という言葉のみが適語になる。周りの煩わしい状況を読めないまま没頭する。寝食も忘れてもとなる。そのエネルギーは凄まじい。しかし、発想は素晴らしく魅力的だが、推理力・論理性に輝きが続かないことがある。結果、夢中で取り組んでも最後の成果が見られないことも。成果が見られないのは、市場主義の現在、時間も制約され促成を強調されるために、彼らのペースに合わなくなるからである。寝食を忘れて膨大な時間を費やす努力をしていても、評価されない。彼らの才能は、社会性、日常性の欠如と引き換えに得たもの。考えてみよう。伝記小説にもなっている野口英世博士。彼のような軽度発達障害を抱える者は大勢いる。社会生活への非常識な対処の仕方を検証してみても、一分野で全人類へもたらした貢献は、博士がアメリカに渡り、心置きなく研究に没頭できる理解と支援を得たからでは?まだまだ彼らの才能を生かす支援や理解がない。親達は日常的な社会生活で適応できるようにと願う。当然親ならそう考える。しかし、彼らの頭脳機能には適応能力が上手く働かない。そのためにSSTやライフスキルトレーニングも必要だが、彼らは、困ったことがあれば脳はパニック状態になる。逃れようと口から出ませも言う。出任せが嘘となっても気づかない。この変も社会で信用を落とし、結果的に追い込まれ不利益を被る。日常の対人関わりの中でのやったはったから開放され、狭いジャンルであってもそれに全能を注ぎ込めれば、彼らは常人には考えの及ばない成果を挙げる。彼らが本来授かった神からの能力が開花できるように。彼らの全体を理解し支援することが求められる。現在は、訴訟の時代でもある。理解ある支援がなかったために彼らの多くが、訴訟されることも多い。また、多くの裁判所で彼らを理解しないままに、不利益をもたらす審判も多い。が、最近の審判を検証すると、徐々に理解した判決を下す審判も増えてきてはいるが。それにしてもまだまだであることも事実。大学院での発表の機会に、ホームレスには軽度発達障害を理解されなかったために、適切な支援がなく、ホームレス状態に陥っている割合が高いと発表したが、教官ばかりか院生からも全く理解されなかった。彼らへの関心も薄く他人事であった。共生社会学を大学院で学んでいたが、大学院を中退した理由もそれへの反発があった。友愛政策を掲げるなら適材適所で彼らを迎えてくれる支援機構も必要だが。地味な活動だが、彼らへの理解と支援を探り続ける。共感とご協力をお願いしたいが・・・・・・・
2009.10.30
閲覧総数 2
5

視力が落ちた。特に夜間になると見え難くなる。眼科で検診。結果は?レーザー手術に。緑内障も予防できると言うので。今日は左目をレーザー手術。すでに右目は終了している。但し、視野は手術前に比べて狭まっている。年齢的なこともあるし、緑内障を防げるという言葉に望みを託したレーザー手術となった。あと、3回の施術が待っている。昔だったら、もうとっくに心筋梗塞であの世行き。せっかく長生きしなさいといただいた命。目の施術は辛いことがあるが、やはり「やりたいこと」のために感謝して施術を受けよう。
2009.03.11
閲覧総数 2
6

アネモネです。あれもこれもとチャンスはあるとこじつけて・・・ 新学期が始まった。その度毎に生き方の教訓を考える。例えば、今回はダイアローグと自分の生き方についてとか。ダイアローグとは社会で人間同士が行なう「対話(ダイアローグ)」のこと。これの重要性は強調してあまりある。社会の中では基本的なことである。 「ダイアローグ」が何故大切なのか?ダイアローグのダイアは「通 じる」と言う意味、ローグは「ロゴスまたは真理」を意味する。これが大切なわけは、お互いが公平な立場にたち、情報を共有し、相互の意見に耳を傾けて対話を進めるならば、独り善がりや先入観が排除され、一人では到達し難い、適切な結論に至ることができる様になるからである。 さらに現代社会の問題を考えれば、「対話(ダイアローグ)」が社会のあらゆる過ちを避け、最も優れた免疫機能の役割を果たす。原発の問題も領土問題も共通の立場に立ってただしいい事を導ける。領土問題など解決が難しい問題事項であっても、「ダイアローグ」を進める理性社会が背景にあることで、国の指導者の論理で外交上の優位さを主張するのでなく、国民同士の人間的なダイアローグの意味を尊ぶことで避ける事が出来る。と思うのだが。例えば、若い韓国女性が、大統領の竹島上陸は単なる国内向けの政治ショー。両国の人々は政治ショーに惑わされてはいけないと。この立場がダイアローグの立つ姿勢であろう。若い韓国女性に教えられた。
2012.09.03
閲覧総数 2
7

思い込みがあるから大胆にもなれるのかも。 思い込みがあるから解決が難しくなるのかも。 思い込みには必要なことも不要なこともある。 使い分けと違いを気づくことが大切である。 軽度発達障害が話題になり、 広く知られるようになったと言うが、 実は虚構に過ぎないのかも。 思い込みの範疇から抜け出せない理解のように見える。 特別支援教育が普遍化しつつあると関係者は言うが、 普遍化はまだ「思い込み」のレベルの域を超えてはいない。 謙虚に「思い込み」を脱することができない限り本物は見えないのだが。
2014.02.15
閲覧総数 2