「乳酸は体にいい」は本当?
あなたの細胞を静かに老化させる「すす」の話
「疲れは乳酸のせい」という話を聞いたことがある人は多いでしょう。ところが最近は一転して、「乳酸は悪者ではなく、むしろ体の大切なエネルギー源だ」ともてはやされるようになりました。健康雑誌でもスポーツの世界でも、今や乳酸はすっかり「いい子」の扱いです。
もしその常識が、あなたの体の中で静かに進んでいる「老化」という名の火事を見逃させているとしたら、どうでしょうか。研究が教えてくれるのは、体内で作られる乳酸は、使い切れずにたまり続けた瞬間から、私たちの細胞をじわじわ燻らせる煙やすすに変わる、ということなのです。
⭐️ 体は 1 つの「街」だった
この話をわかりやすくするために、あなたの体を 1 つの大きな街にたとえてみましょう。私たちの体はおよそ 37 兆個の細胞でできています。 1 つ 1 つの細胞の中には「ミトコンドリア」という小さな発電所があって、この発電所がフル回転してくれるおかげで、私たちは歩き、考え、笑い、生きることができています。
そして、この発電所が働くには「 NAD+ (ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)」という物質が欠かせません。
NAD+ は、発電所で生まれる激しい力を、広い面で静かに受け止める「受け皿」だと思ってください。受け皿が大きければ、力は薄く分散して安全に流れていきます。ところが受け皿が小さくなると、力(エーテル統一理論は「エーテルのねじれの開放」に相当)は行き場を失い、細い抜け道から一点に集中して噴き出します。
これが漏電です。漏電では、火災の恐れが発生します。
病気になった体、年をとった体では、この NAD+ が確実に減っていくことがわかっています。つまり老化とは何か。それは停電ではありません。受け皿を失った発電所が、漏電してあちこちで小さな火花を散らし続けること。その火花が、誰にも気づかれないまま体を焦がしていくことなのです。ちなみに、脂肪を燃焼する(メタボリック・スイッチ)ことも、この漏電の原因になります。
⭐️ 修理工が受け皿を食いつぶす
細胞の中には、傷ついた細胞を直す修理工( PARP1 という酵素)がいます。この修理工は、修理のたびに NAD+ を大量に使い果たします。
2019 年の研究では、レーザーで細胞に傷をつけると、この修理工の働きで細胞全体の NAD+ が急速に失われることが示されました( 1 )。しかも失われるのは、発電所の外側に置かれた受け皿です( 2 )。
受け皿がなくなっても、発電所は止まりません。止まらないからこそ危険なのです。生まれた力を受け止める面が失われれば、力は細い抜け道から一点に噴き出すしかない。実際この研究では、解糖を止めても細胞は生き延びましたが、ミトコンドリアの発電を止めた途端に細胞は死にました( 1 )。受け皿を失いながら回り続ける発電所。そこから漏れる火花が、細胞を内側から焦がしていきます。
実は、修理工が働くだけで細胞は酸性に傾きます。 2002 年の研究が明らかにしたのは、修理工が NAD+ を分解する反応そのものが、使った NAD+ と同じ量の酸(プロトン)を放出するという事実でした( 3 )。抗がん剤(アルキル化剤)で細胞を傷つけると、細胞は 30 分以内に酸性へ傾きます。修理工の働きを薬で止めたり、修理工を持たない細胞を使うと、この酸性化は大幅に弱まりました( 3 )。
さらに悪いことに、酸(プロトン)を細胞の外へ捨てるにはエネルギーを必要とします。エネルギーが足りなくなると細胞に酸がたまり、これも酸性化のもう 1 つの主要な原因になることが同じ研究で示されています( 3 )。
つまり細胞は、内側から酸を生み出しながら、それを捨てる力も同時に失っていく。この二重の締めつけが、酸性化の土台を作ります。
⭐️ 乳酸による 一度転がり始めたら止まらない「雪だるま」
ここに乳酸が加わって、下り坂は本格的に転がり始めます。
NAD+ が減ると、細胞の中の NAD+ と NADH の比率が崩れます。すると「乳酸脱水素酵素」という酵素の天秤が、乳酸を作る側へ傾きます。本来ならミトコンドリアの発電所に運ばれるはずだったピルビン酸が、発電所へ向かわず乳酸に姿を変えてしまうのです( 4 )。
こうして生まれた乳酸は、細胞の中をさらに酸性にします。 ただし、レモンや酢が口の中で酸っぱいのとは仕組みが違います。乳酸は体の中では、すでに「乳酸の部分」と「酸の部分」の二つに分かれた状態で存在しています ( 5 ) 。そして細胞が乳酸を運び出すとき、この二つは必ず手をつないで一緒に動きます。乳酸が動けば、酸も必ずついて動く。だから乳酸がたまる場所は、必ず酸性に傾くのです ( 6 ) 。

そして酸性に傾いた細胞では、細胞がさらに傷つきやすくなり、修理工がまた呼び出され、 NAD+ がまた奪われ、天秤がまた乳酸側へ傾く。雪だるまが坂を転がるように、悪い状態が次の悪い状態を呼び込んでいくのです。
炎症のある場所、老化した臓器、腫瘍の内部が、じわじわと酸性に傾いていくのはこのためです。
⭐️ がんは、あえて煙(乳酸)を吐き続ける
信じがたいことに、がん細胞はこの効率の悪い発電方法を「わざわざ」選んでいます。
2016 年のレビュー論文が説明するように、がん細胞は「ミトコンドリアが完全に機能しているにもかかわらず」ブドウ糖を大量に取り込んで乳酸に変えてしまいます。これが有名な「ワールブルグ効果」です( 7 )。そして 2020 年のレビュー論文では、腫瘍のまわりにたまった乳酸が、がんの進行を後押しする重要な悪役として紹介されています( 8 )。
がんは乳酸を「利用する」だけではありません。乳酸をまき散らして周囲を酸性に変え、自分だけが生き残れる環境を作り出します。そう考えると、乳酸のたまった体がどれほど危うい場所か、肌で感じていただけるのではないでしょうか。
つまり乳酸は、単なる「疲れのカス」でも、いつでもありがたい「燃料」でもありません。処理しきれずにたまり続けたとき、それは体の内側から私たちをじわじわ錆びさせていく、煙やすすに姿を変えるのです。
⭐️ 煙(乳酸)に気づかず、灯りが消えていく
念のため付け加えれば、乳酸がエネルギーとして使えるという話自体は嘘ではありません。ただしそれは、発電所が元気に回っていて、受け皿にも余裕がある健康な細胞での話です(乳酸をエネルギーに変換するのに、エネルギーを消耗する)。現代人の細胞のように、ミトコンドリアが弱り、 NAD+ という受け皿がすり減った状態では、次から次へと押し寄せる乳酸は燃料ではなく、自分自身を燻らせる煙でしかないのです。
今から約 100 年前、ノーベル賞を受賞した科学者オットー・ワールブルグ( Otto Warburg )は、細胞が本来の発電方法(糖の完全燃焼)を捨てて乳酸を産生することこそが病気の始まりだと見抜いていました( 7 )。その直感は、 100 年の時を経た今、「老化」という最大の病の扉を開く鍵として輝き始めています。
私たちの体で静かにくすぶり続ける乳酸という煙。その煙の正体に気づくことこそが、「いつまでも若く健やかでいたい」という願いへの、新しい一歩になるはずです。
参考文献