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December 20, 2016
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カテゴリ: 介護職

3
【こころとからだのしくみ】

最終段階に入りました。
ここでは午前は座学、午後は演習とセットになって講座が進みます。
いよいよ「介護職」としてのお仕事に触れていきます。

「生活支援技術」

高齢者の心理、高齢期の喪失感。
生活支援技術、居住環境整備と介護。
移動、移乗、食事、排せつ福祉用具 等々。
調理実習もありました。
(訪問介護での 調理?)

ベッドでの洗髪の仕方。
アイマスクを付けて歩行誘導の仕方。
ベッドメーキングからベッドでの介助、体位交換等々。
学ぶことはどっさりありどんどん、意識が下がってしまうことばかりでした。

しかし、
「死にゆく人に関したこころとからだのしくみと終末期介護」の章で
私は母の「ターミナルケア」がここに書かれていることに一致した事を知るのでした。
「看取りに至るまでに見られる症状や 兆候とその変化」
数週間前~ 1 週間・数日前・ 48 時間前~直前と分かれて
食事、意識、呼吸、循環の区分でその状態が表になって記されていた。

母の最期の時、夜の 10 時を迎え兄姉妹は兄を付き添えに残して帰ろうと
支度をしていた。
その時に当直の職員さんが来られて
「今日はお別れになるかもしれません。帰らずに皆さん揃っていてください」
「他に連絡をしたい方があればされた方がいいかもしれません」と
はっきり言われたのです。

それからどんどんと母の様子が変わりだしたのです。
手足に紫斑が表れ出しました。
最後は下顎呼吸。

テキストにすべてが記述されていました。
これを知っていれば・・・もっと母との別れが落ち着いて居れたのでは?
「主の祈り」を耳元で祈るのが精いっぱいの私だった。


最後の章が私を最後まで講座に導いた全てだったように思われます。
「介護職」の方のプロ意識がここにあるのだと実感しました。
介護を職業にされて居られる方に心から尊敬し、頭が下がります。

3
ヶ月の講座が終わり「終了試験」となりました。
疲れと最後まで落伍せずに通えた安堵で終了試験、全く腑抜けになってしまい
エレクトーンに逃げるように没頭してしまいました。

最初は 9 名でしたが、お一人の方はご主人が倒れられ入院されて
次回のクラスに替わられることになりましたが
全員が合格し、介護の仕事に就かれることになりました。

若い方と接し、楽しい学びの場となりました。
そして何より70代の方の前向きな姿勢にも頭が下がりました。
お昼時、みんなが揃って歓談しながらのお食事タイムは
楽しいひと時となりました。

色んな方と
ご一緒させて頂き最後まで通う事が出来ました
本当にありがとうございました。
これからも共に「介護」を学んでいきたいと思います。








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Last updated  December 20, 2016 03:37:43 PM
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Re:介護職員初任者研修 その4-最終章(12/20)  
私も、看取りのことを習った際、覚悟を決めました。
初任者研修を受けるきっかけになったのが、義父が医師から、
「余命半年になるか、いつどうなるかわからない、年内もつかどうかわからない」と、夏の初めに言われました。
丁度、広報に、県の福祉協議会で初任者研修を受講する方の募集が始まる案内でした。
教材費のみの受講料で受けれることもあり、1.5倍の倍率で受けられることになりました。
県内各地から集まりました。
男女合わせて30人、年齢も20代から65歳まで幅広かったです。
講師の先生方も、施設に勤務する現場の方や、いろいろな専門の先生が来てくださりました。
入浴介助などの実習は、福祉会館だったため専門の設備がないので、近くの専門学校が夏休み中に借りたり、地元の施設に実習にも行きました。
一人、途中で病気で亡くなられたっていう、アクシデントもありましたが、全員無事そろって卒業はできませんでしたが、
欠席して単位が取れず、次の回の人たちと授業を受けたり、
学科試験や、実技試験が受からず、再度受験のため次のコースの人たちと試験だけ受ける方もいました。
私も、看取りの勉強をして、義父を看取るつもりで、義父の入所していた、特養に就職しました。
就職した途端、義父の病状が悪化し、仕事をしながら看取りました。
出勤時、休憩時、退勤時に義父の顔を覗きに行きました。
だんだん弱っていく義父を見るのが辛く、泣き顔になることも。
丁度義父の部屋の前が、看護師さんたちの部屋だったため、よくそこで泣かせてもらいました。
自分の持ち場に戻るときは、泣き顔を見せれないと、顔をたたきながら出たこともありました。
週2回回ってきてくれる外部の医師の回診時間に、休憩をとれるようにしてくれた同僚でした。
自分の休みの日も、朝から、義父のところに顔を出していた私は、上司や、同僚から、
「あんた、いつ休むのや」って、言われるほど
土日、旦那が、休みの時は、私を送ってきて、義父の顔を見て、夕方迎えに来て、義父の顔を見に来るので、仲の良い夫婦に見られていましたが、
亡くなる数日前、医師から直接状況を聞け、他の家族を呼ぶように直接言われました。
普通なら、看護師から連絡があり、関係のない職員だったら、病状など知らないはずなのに、義姉夫婦や、叔父夫婦、親戚、入所以来会ったこともなかった親戚や、近所の人など連れて行ったので義父は、どう思ったっかわかりません。
最後まで、痴呆もなく意識がしっかりしてるのに、何も治療してあげれなかったのが良かったのか悪かったのか本当は悩みました。
最後までお礼を言ってくれました。
最終日、帰ろうとした際、看護師に、
「今日は、お父さんのそばにいてあげて、旦那さんにも来てもらえたら」と、言われました。
私も、職員としてじゃなく、家族として、翌日も仕事でしたが、休みを取って付き添いたいと思い上司に話をしようかと悩みました。
一旦帰宅し旦那と夜施設に義父に会いに行きました。
その時は、息も落ち着いて寝ていたので、声はかけたけど
明日来るからというと、手で返事をしてくれました。
夜中の巡回で、息が止まっているのが発見され連絡を受けて駆け付けた時には、別室に移されていました。
丁度就職して1か月が経った日でした。
若葉マークが取れない嫁を心配して1か月持ってくれたんだと思っています。
義父のおかげで、知らない職員さんからも声をかけていただきました。
デイに10年、特養に3年いた義父でしたので、いろいろなことを職員から聞きました。
初めての看取りが、義父だったのも縁ですが、家族として見てきた13年間、その後も、利用者さんの家族さんの悩みもわかるだけに、解決ができるわけじゃなかったけど、いろいろなことが聞けました。
介護士になって3年目に入り、次は、介護福祉士に向けて頑張っていきます
長文ですみませんでした (January 6, 2017 10:55:17 PM)

Re[1]:介護職員初任者研修 その4-最終章(12/20)  
りよえり  さん
小太郎の母さん

メッセージありがとうございます。
今年もよろしくお願いします。

色んな形で色んなきっかけで「介護」の世界に。
お義父さまの看取りを家族としてまた職員としてお傍で看取られたこと最高のお見送りだったですね。
色々ご苦労を重ねられて取得された介護の資格。
早、3年になられるのですね。
私は始めたばかりで兎に角チンプンカンプンの世界です。
先輩方に教えてもらいながら頑張ろうと思います。
また色々教えてください。

(January 9, 2017 10:17:55 AM)

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