読んだり飲んだり走ったり

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2018年02月12日
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テーマ: 闘病日記(3860)
先月の今日、退院して以降、御陰様で大過なく過ごしています。
少しずつ、娑婆での生活にも馴れてきたようです。
最近改めて実感するようになったのは、今あるのはやはり「新しい身体」なのだということ。
もちろんピカピカの新品というわけではありません。

2013年に自家移植を受けましたが、これは自前のものを用いているので、いわば純度100%が維持されていました。
でも今回受けたのは非血縁間造血幹細胞移植ですから、全くの赤の他人(ドナーさん)のものを利用させていただいたわけです。検査の結果、私の血液は、ドナーさんのそれにほぼ入れ替わっていることが確認されています。つまり、見た目は(痩せたことと、髪の毛がないことを除いて)変わらずとも、生命を維持する根幹ともいうべき血液が完全に変わっているわけです。
「新しい身体」とはそういうことなので、今の自分の身体を支えているものを起点に据えて考えねばなりません。外見があまり変わっていないし、またものの考え方や感じ方ももちろん大きな変化はありませんから、ついつい「連続」したものとして捉えてしまいがちですが、身体の根幹は「非連続」なものとしてあるわけです。

発病前までは当たり前にできていたことというのは、文字通り昔の話であり、そのイメージを徒に追い求めるのではなく、今ある自分(の身体状態)ときちんと向き合うことが必要なようです。

退院から一ヶ月を経て、どうしてもかつての自分のイメージに囚われがちでしたが、ようやく上記の認識に至ることができました。


かつてこれこれのことができていたのだから、きちんと身体を馴らしていけばまたできるようになるはず、ではなく、今の自分に無理なくできることは何かを確かめながら、それを少しずつ伸ばしていくこと。

こうした時、ランニングに親しんできたことが役に立ちそうです。かつてはフルマラソンを何度も走っていましたが、今はスロージョギングすらできません(今日、試みに少しやってみましたが、200mほどで止めざるを得ませんでした)。かつての自分を一方に据えたなら、今の自分はマイナスの塊です。が、そうではなく、今の自分をゼロ(スタート地点)として、少しずつ、どれくらい積み上げていくことができるか。
少しでも無理をすれば、GVHDが発症するでしょう。そうなってしまったら元も子もありません。
焦らず、ゆっくりと、このチャレンジを続けていきたいと思っています。

できないと ため息吐くは 無用なり 新たな身体と 日々親しまむ





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最終更新日  2018年02月12日 19時18分37秒
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