五十五歳まで僧侶だったこの男、
世間のことは一切知らぬままに、このバリ島にやって来て、
しかもこのバリで埋没したい・・・と言うのだ。
いったいこの男の人生に何があったのか・・・?
ひどく気になるが、こちらから迂闊なことは訊けない。
ところが、男はぽつりぽつりと自分から語り始めた・・・。
『つい最近なんですが母が亡くなったんです・・・。父はまだ健在なんですがね、父なんてどうでもいいんです・・・』
と吐き棄てる。まるで父を恨んでいるかのように・・・。
『僕は母を救うことが出来なかったんです・・・』
この男の母なら恐らく七十五歳か、それ以上であろう。
『でも、病気とか寿命なら仕方がないんじゃないですか?』
『そういうことじゃないんです・・・』
男はゆっくり首を振った。
ということは、父と母の間にうまく行かない
何かがあったのであろう。
『僧侶なのに母ひとり苦悩から救えなかったんですよ・・・、それなのにどうして世の中の多くの人を救うことが出来ますか・・・』
根っから真面目な人なんだ・・・。
『自分が心から信じてきた仏の道は何だったんだろうか・・・って疑いを持つようになってね、結局辞めてしまったんです僧侶・・・』
と言われても何て応えたらいいか判らず黙っているしかない。
『それだけじゃないんです。僧侶を辞めてみて判ったんです。
戒律から解き放たれたので、肉や魚を食べ、
女性も生まれて初めて抱きました。
両方とも本当に素晴らしいものでした・・・』
これで納得がいく。その反動でジャカルタやバリで
連日とんでもなく高い金を払って女の子と遊んでいるのだ。
『五十五歳までの僕は僧侶をしていたけれど、
まったく人間らしくなかった・・。これって変ですよね。
それで、僕は日本を棄てたんです・・・』
五十五年間の過去を否定したのだ。
それは、並大抵の決断ではなかったであろう。
男の話を聞きながら僕は、なんで見も知らぬ僕にこんな話をしているのだろうかと考え続けていた。
悩みを人に聞いてもらう場合は、大半の場合がすでに自分の中で結論があり、最後の一押しをして欲しいというのが多い。が、この男はすでに固い意志で結論をだしている。
ということは今更押し留めたり、
一押しして欲しいわけでもあるまい。
ということは、単に聞いてあげればいいのだろう。
恐らく、男は決断を誰にも打ち明けたこともなく
日本を棄てたのだろうし、僕が見も知らぬ他人だからこそ
心のうちを曝しているのであろう・・・。
だが、問題は、
『このバリで埋没したいんです・・・』
という男の言葉だ。
『それでバリ島でどうしたいんですか?』
『ええ、どこか本当にひなびた田舎に行って、
そこで姿を消したいんです・・・』
姿を消したいとはどういうことだ!
続く
緊急 尋ね人です!
日本人、男性。年齢 55 歳。
身長 170 センチ位、体格はわずかに脂肪がついている感じの中肉中背。眼鏡なし。
僕が出逢った時の風貌は、黒い革靴、灰色のよれよれの夏ズボンに、やはりアイロンの掛かっていないワイシャツを肘まで無造作にまくっていた。
頭髪は五分刈りでよれよれのベージュの帽子を被っていた。
肝心の名前は聞いていないので不明です。
こんな感じの人を見かけたらご一報ください。お願いします。
ひどく気懸かりになっている客です。
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USM1さんComments