2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全6件 (6件中 1-6件目)
1

内閣府原子力委員会 が 今後の原子力政策の在り方について、 私たちの意見を募集しています。 私たちの意見の原文をそのまま、 新大綱策定会議メンバーに資料として配付し、 新大綱策定会議における議論の参考にするそうです。 ( 個人情報等を除く ) ( メールの他、郵送・FAXでの受付可。意見様式フォームあり) 意見様式としては、意見の概要を100字以内で。 意見及びその理由を800字以内で記入するようになっています。 ここを度々覗いていましたのに、ピンポイントでジャンプしていたので、 広く民草に向かって、意見募集していることに気付きませんでした。 今回の意見募集については、 パクチーナさん ち で 教えていただきました。 有難うございます!!「 ご意見募集 」 の ページでは、過去のパブリックコメントや2009年4月までに 寄せられた意見・質問及び回答を読むことができます。福島原発については、政府全体で全力で取り組んでいるため、後日、回答が可能なものについては、HP上で回答される由です。
2011.04.16
コメント(4)

福島原発から避難する途中、 「( 放射能 )が うつる 」 と タクシー乗車を拒否された方々の悲嘆に 思わず、憤怒の涙がこぼれた 母 と 私。 今度は、福島県南相馬市から船橋市へ親戚を頼って避難し、 船橋市の小学校へ転校する予定だった小5と小1の兄弟が、 公園で遊んでいて、地元の子どもたちから、 出身地を聞かれ、「 福島から 」と答えると、 みな「 放射線がうつる 」「 わー 」 と叫び、逃げられ、 深く傷ついた兄弟に、一家は再び福島県の他の場所へ避難した。 というニュースに直面する。 ( 毎日jp 東日本大震災:「 放射能怖い 」 福島からの避難児童に偏見 ) 怒! 子どもたちの間に、こんな 偏見が育っているのは、 まずもって、大人たちの責任であり、 65年前の悲劇から 現在に至るまでの ヒロシマ・ナガサキの 痛み に ちっとも学んでいない 國の責任である、としか、 私には思えない。 3月20日に、福島県災害対策本部から 【 放射能に関する知識 】として、 『 環境放射能が人体に及ぼす影響等について 』 という公式文書が 出されたのを始め、( 福島県災害本部 被害状況速報内 ) それから、7つもの文書が次々と発表された。 「 当局 」 が発表したものだから( 何処まで信用していいか判らない )という 不信感の有無は別として、闇雲に脅え不安にかられるよりも、 【 公式見解 】 を 【 公式 】 のものとして、きちんと把握踏まえ、 少なくとも この非常時に、デマに踊らされない、デマを広げない、 最善、次善の策に向けて、傾向と対策を練り、子どもたちを守ること、は、 大人として、トーゼンの責務であるように思う。 でないと 偏見は たやすく 差別に結びつき、 そうでなくとも心身傷ついている被災者、 そして、1番に守られるべき子どもたちが 一生 消えないこころの傷を抱え込むことになりかねない。 福島県災害対策本部が 3月20日に第一文書を公示してから、 次々に 「 追加 」 文書が出された。 「 放射線に関するお問い合わせの多いご質問について 」 「 放射線に関するお問い合わせの多いご質問について(追加) 」 「 今までの講演会での代表的なQ&A 」 こうした 生きた文書を、國レベルで、【 民草の共通認識 】 に しなかったことが 今回の悲劇を招いてしまったのだと 慙愧の想いである。 きちんと識り、 正しく 恐れ、 対策を練り、行動を起こして行かなければならないと。 今度こそ、過ちは 繰り返さない !
2011.04.13
コメント(7)

9日。 上の少年からのメール を抱き締め、 私の桜に逢いに行く。 「 土曜 」 という人出を心配していたが、 夕刻だったのが幸いしてか、 食事を楽しんでおられる方々は一組のみ。 他の 人影は ちらほらと数人程度。 桜の神気を 感じ取れる空間で ほっとする。 不調の極みで 一歩も外へ出られず、 ちら見することも叶わなかった昨春の分まで、 桜たちに 魅せられ続け、陽がすっかり暮れるまで、立ち尽くす―― ここのところの陽気で 一気に 開花した感があり じゎじゎ じゎじゎ 花ひらいて いく姿を 1日1日と 楽しみに待つ時間は 持てなかったけれど。 満開の ちょっとだけ手前。 地面に 散り初めの 花びらもなく、 枝先に 芽生え来る 葉っぱたちの 片鱗も ない 私の 1等好きな 姿で 待っててくれて 有難う。幼き少年たちと 木々の間を駆け回った愛しき日々は 遠く。かけがえのない 愛しきひと 愛しき場所。喪ってしまわれた方々にただただ 悼むこころ寄せ 合掌す――
2011.04.10
コメント(0)

上の少年の誕生日。 「 おめでとう 」 の メールに 「 有難う! とりあえず 元気でいられることに感謝です あと少し、頑張ります おかあさんも元気で 」 …ほろほろほろ ほんとに、ほんとに、 生きて在れることに 感謝感謝の春だよね。 君には、初めての なんの肩書きもない 多分 ちょっとだけ 辛い身分の春。 どうぞ、感謝の心を忘れず 身体に気をつけて、ラストスパート!!たっくん 1歳の春振り返れば、遠い 遠い 昔。けれど、あっという ま の 四半世紀
2011.04.09
コメント(16)

それは 避難先に困っておられる 赤ちゃんを抱っこした 若いおかあさんの姿を ニュースで観た 夫のひとことから。 「 !! うちには 空いてる部屋、たくさんあるよね。 うちに 避難して貰う? 」 「 !! ぅんぅん、そうだね、 そうして貰おう! 」 ―― 即座に そう 答えられなかった私自身に。 懸命に祈り、 ただただ祈り、 被災地へ 何かを 「 送る 」 ことは すぐに想いついても、 被災された方々の 避難先 として 我が家 を 使って貰おうとは、 想いもつかなかった 私自身に ヘコみ、 想いもつかなかったのは、何故か、 考えれば考えるほど、 山ほど、その理由を思いつける自分に ヘコみ。 すっと 想いつき、私さえ良ければ、自宅を開放しよう と言う夫。 想いつきもしなかった私は、 夫の提案に対して、それを すっと 出来るのか?? 瞬時に 「 とてもそれは無理だ 」 と 思い、 それは何故か、何項目にも渡って掲げることのできる私。 本当にそうか? 絶対に無理か? と 突き詰めて行けば、 明らかに 【 態のいい言い訳 】 を 並べ立てているだけの自分 が 透けて 観える。
2011.04.08
コメント(14)

京都からの帰り、 せっかくなので 途中下車して 都合が合えば 下の少年とも逢いたい、と思っていたのだったが。 とある事情からか^o^; 気力体力、根こそぎ ヤられており、 どちらにしても、下の少年は Lapinのタイヤ交換のために、 1泊予定ではあるが、帰省して来る予定もあるため、 今回の途中下車は ヤめやうと 下の少年へ電話を掛ける。 いつものことで、多分、繋がらないだろうと思ったのに、 意外にも ツーコールで出て来た彼に ちょっとだけ テンションが上がって、にっこり。 で、そちらに行くのはヤめたから、広島で逢おう、と伝え、 ついでのやうに 「 ねぇねぇ、卒業式でさ、 多分さ、にぃちゃんの 彼女に 遭ったんだけど。 んでさー、そのひと、めっちゃ 美人ぢゃったんだけど 」 ぽろっと漏らすと、彼は喰い気味に 「 僕の卒業式には 来ていらんけんね! 」 え゛。 そう 来ますか?? ねぇねぇ、という フレンドリーな内緒話ちっくの私に、 ふーん、という相槌も、 兄の「 彼女 」 に なんの感慨もなく?? 兄の彼女の存在を 識っていた とも 初耳だ とも 気取らせず? で、1年先のことであるのに、 なぜに 今から 私を式に来させまいとする~~~? ヽ(`Д´)ノせっかくの 京都なのにヤさぐれ度 超MAX
2011.04.01
コメント(6)
全6件 (6件中 1-6件目)
1

![]()