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Ryu-chan6708

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2006.04.30
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カテゴリ: 読書感想
26日の日記の続き。

 著者は、貴方のアメリカでの未来は次の3つの質問の答えの如何にかかっているという。


2.貴方の仕事は、コンピュータでより速くできるか?
3.貴方は「ものあまり」の時代の非物質的で超越的な要求を満足する何かを提供しているか?


 もちろん、1と2がイエスなら貴方は21世紀のアメリカでは落伍する。3はノーなら落伍するというわけである。今まで、花形であったITソフト技術は、グローバル経済によりインドではるかに安い賃金で作成される。だから、そのような 分析的・論理的な頭脳活動(左脳優先思考)の職業はアメリカでは高い報酬を期待できない。これから先進国で伸びる職業は、感情的な総合性をもった「右脳優先思考」によるものであるとしている。 この思考に成功する者と乗り遅れる者と、別な所得格差が発生するようだ。

 「右脳思考」を育成する感性として、「デザイン」「ストーリー」「シンホニー」「共感」「遊び」「意味づけ」の6つをあげている。
「デザイン」 とはまさに創造的な感性である。商品では品質でなく、感性の優れたデザインで売れ行きが決まる 。「ストーリー」 も全体的な把握が必要である 。「シンホニー」 は全体の調和である 。「共感」 。「遊び」 では笑いやユーモアの重要性を述べ、これも右脳の活動を活発にするという(著者はその意味で、子供のテレビゲームには肯定的である)。以前、日本でもという指圧師が大笑いでも有名であった 。「意味づけ」 とは、人生とは何かの疑問に答えようとするもので、宗教的なものを感ずる。

 しかし、考えてみると、右脳思考で人間的なビジネス経営をするということは、伝統的な 日本式経営 ではなかったのか。患者と右脳的、全人間的に接するのは、指圧やヨガや漢方薬などの 東洋医学 の伝統ではなかったのか。人生とは何かに答えるための右脳活動は、 インド哲学、老荘・孔子などの中国哲学 のほうが先進国ではなかったのか。分析、論理思考の欧米の行き詰まりではないのか。養老孟司氏のいう 「脳化社会」 の行き詰まりではないのか。

 日本も製造業は、争って低賃金の中国に進出している。この著者の質問の第1問に関係する。40年位前に、シンガポールに企業が移動し始めたころ、 産業の空洞化 が言われた。今、その話がないのは不思議である。経営者や大企業は利益を得る。代わりに所得格差の拡大や中小企業への影響は大きい。原因は小泉改革だとしているが、中国の賃金との戦いではないのか。空洞化した人は不安定な低賃金労働に移らざるを得ない。一方で安い中国や東南アジアの製品の輸入による「物あまり」の恩恵もこうむっているが、それはあまり話題には登らないようだ。

 この本は、経済のグローバル化によりインド、中国などの低賃金国との競争で、アメリカはもっと先を行かないと負けるとして、それには右脳思考の重視を主張しているが、それは一方でそれに追いつかない人々の格差拡大に拍車をかけるものになろう。どこまでいくのだろうか。


 グローバル化に対して、日本自身、自国の 「国家の品格」 を問われる世紀となるのだろうか。

一歩、ひいて考えるとアメリカのさらなる格差拡大を予告するような怖い本である。





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Last updated  2006.05.01 22:34:54
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