知的漫遊紀行

知的漫遊紀行

PR

×

Keyword Search

▼キーワード検索

Profile

Ryu-chan6708

Ryu-chan6708

Calendar

Favorite Blog

まだ登録されていません

Freepage List

2006.11.07
XML
カテゴリ: 読書感想



 1999年出版。
 図書館で借りた。
 最近の軽い新書版を読んでいると、こういう厚みのある本を読むのは疲れるね。
 専門書だから、大体の意味だけつかんで速読だね。

A氏 :何の知的興味があってわざわざ読んだの?

硫黄島街道 かね。
 日本の神道がどうしてカルト的なものになったかの経過を知りたくてね。
 明治に関係があるのではないかと思ってね。

A氏 :幕末から明治はじめの「 廃仏毀釈 」運動に関係あるのでは?
王政復古 神仏分離 から神道が仏教を破壊する。

:どうもそれは関係ないみたいだね。
 最初、そう思ったんだが、一時的なものらしい。
 むしろ、それ以降に宗教について明治政府も日本の宗教界も悩むのだね。
 特に、 キリスト教との関係 だね。

A氏:だいたい、「 宗教 」という言葉も幕末から明治になってからだろうね。
 それまで、religionという概念が日本になかったからだろうね。

私: 明治15年、伊藤博文がヨーロッパに憲法調査で行くが、国教の問題が出るね。
ヨーロッパ文明が高度であるのは、キリスト教があるからだいう見方 が生まれる。
キリスト教優位 の考えだ。
 仏教、儒教は遅れた考えとみなされる。
神道は宗教ではないのではないかという見方 も出てくる。

A氏 :日本はまだ、ヨーロッパと対等の条約を結んでいないから、早期にヨーロッパ先進国と対等なレベルまで向上する必要があったんだね。
 宗教もね。

:当時、文明諸国と平等に付き合うには、 福沢諭吉 まで「 宗教も西洋風にしなくてはならない。 」と言い出す。
 仏教は未開発な国の宗教だというわけだ。
 そして、今まで政府が補助金を出していた神社は一部を除いて国か ら「独立」する方向の案が生まれる。
 宗教の自由は近代国家の条件でもあるしね。

A氏 :なるほど、明治ではキリスト教をどのように扱うかは大問題だったんだね。

:明治維新とともにキリスト教禁止の高札は除去されるが、公式に解禁になっていない。
葬式だけは禁止されていたが 、教会の建築などは制限がなくなったようだね。
 公式な解禁例なしであいまいなまま、「実」がとられる。
 あからさまに、キリスト教も仏教も儒教も神道も同じように扱うというと「日本で伝統的な宗教をキリスト教と同じ扱いにするのか」という反論を招くから、あいまいにする。

A氏 :それが何故、最終的に神道が優勢になったのかね。

:明治23年に明治憲法による帝国議会がスタートし、次第に民衆の声が反映される。
そこで今まで、政府中心の強引な政策が、次第に転換する。
 いわゆる 神道族議員 が活動しだして、神道は近代国家でいう宗教でないとして、宗教の自由の対象にならず、国の補助金の対象となるように変わっていく。
 しかし、それもあいまいなままに進められるんだね。
靖国神社 は最初から、内務省、陸軍省、海軍省の管轄という特殊な性格があった。

A氏 :そうして昭和の神道が軍部による国家神道になる素地ができるわけかね。

:そのへんはこれからだ。
 その前に、この本では幕末から明治の初めに起きた「廃仏毀釈」騒動にほとんどふれていないので、今度はそっちの知的興味が湧いたね。

明治国家と宗教






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2006.11.07 06:29:46
コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: