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Ryu-chan6708

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2006.11.21
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カテゴリ: 歴史



:11月16日のクローズアップ現代で、国谷女史がイーストウッドにインタビューしていたね。
 メインの話題は「 父親たちの星条旗 」だったね。

A氏 :俺も見たよ。
 ところどころ、「 父親たちの星条旗 」や「 硫黄島からの手紙 」の映画シーンが出てきたね。

:インタビューでは 最初、「 父親たちの星条旗 硫黄島からの手紙 」を作ることになったと言っているね

A氏

:戦争に悲惨さを描くのに成功しているようだが、 俺は日本軍の捕虜となるのは恥であるという考えはイーストウッドに理解できたのか疑問だね
 戦陣訓を書いた東条はピストル自殺をし損ねているしね。
 それをどう描くのだろうか。

武士道のいさぎよさと言うのは、負けは負けといて潔く認めることではないのかね
 剣道でも負けるときは「参りました」といさぎよく認めるではないか。
負けると知りながら傷が深くなるまで戦うことのほうが潔くないのではないの?

A氏 :戦友の食糧を奪ってでも生き延びることじゃないの?
 口減らしのために、敵に損害を与えないムダな バンザイ攻撃 を強制することではないのでないの?
 NHKの「 硫黄島玉砕
 その時点では日本兵の抵抗の戦術的な効果はあまりなかったのではないのかね。
サイパンから日本本土を空襲し、途中、硫黄島に降りたB29はかなり早くからいたのではないの?

:栗林中将の最後の突撃で生き残ったものは降伏すべきだったのかもね。
 気をつけないとまた悲壮感で戦争の美化になりそうだね。

 日本軍を支配した悪夢は何だったのか、戦陣訓の意味はなんだったのか、イーストウッドのインタビューでは、そこまで突っ込んでいなかったが、 彼はどのように扱うのか楽しみだね

司馬遼太郎 は、 昭和はじめの20年は、日本史では異常なもので、他の国の歴史ではないかと思われるくらいであると言っている
 特に、後半の昭和10年から20年までは異常な時期としている。
 その中心は 統帥権 だ。
 それの歴史的な理由をイーストウッドは理解できるだろうか。

 さらに司馬遼太郎の雑談シリーズで聞いてみようと思う。





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Last updated  2006.11.21 06:27:22
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