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Ryu-chan6708

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2007.05.09
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カテゴリ: 歴史



:著者は2003年から2005年にかけて、 シンガポール、マレーシャ、インドネシア、タイ、ミャンマー(ビルマ)、フィリピン の現地の 太平洋戦争の遺跡 を中心に実際に現地を訪れて報告をしている。
 この本はどこかの書評で読んで、図書館で借りた。
 岩波書店の出版なので左翼的かなと思ったが、割合バランスがとれたリポートだね。
アジア人の被害者側の記念碑、記念館、戦死者の墓地だけでなく、日本兵の墓も訪問しているね。

A氏 :中国、韓国は訪問していないの?

:著者は、 太平洋戦争という言葉を嫌い、この戦争は東南アジアが中心だということで、調査を東南アジアにしぼっているね。

 日本軍の虐殺を記念して、記念塔などを作っている最大のものは、やはり シンガポール だね。
 ここは 華僑 が狙われたらしいね。
 華僑は本国の中国の反日戦争に資金を送っていたとみなされて軍に狙われたようだね。

A氏 :この虐殺には 辻大佐 が関係していたみたいだね。

:マレーシャも 中国系住民の虐殺 があり、50ヶ所くらいに記念碑があるという。
 日本の軍政の 日本語の押付けとか日本文化の強要も反日精神を植えつけた原因 のようだね。
生き残った日本兵有志が昭和53年に建てた戦友を祀る日本兵の慰霊塔 があるという。
マレーシャ には ボルネオ島のサラワク も含まれているんだが、 こっちのほうは同じ国かと思うほど戦争の記憶がすくない という。

A氏 現在の政府や民衆の考え方や必要性によって、歴史を記憶する方向に向うこともあれば、忘却する方向に向うこともあるのだろうね。
 中国は江沢民になってから急に反日教育が強化されたのは政治的背景があるね。

インドネシアではビルマやフィリピンのような激戦がなく、大規模な虐殺もなかったようだね
 むしろ、陸軍がほしかったのは 石油 とそれを 採掘する労務者 だね。
ロームシャ はインドネシア語になっているそうだね。
 この労務者徴用と米の強制供出が民衆を苦しめたようだね。
 この強圧的な軍政に反対したのが有名な 今村均大将 だね。
 反対したため、結局、 パプアニューギニアのラバウル島 にとばされる。

A氏 :俺たち、小学生の頃、軍歌でよく歌った「 ラバウル航空隊 」というのがあったね。
 著者はそこまで訪れていないね。
 ウィキペディアによると 今村大将もこの島をアメリカ軍攻撃に対応して地下道作戦をとるね。
硫黄島の栗本中将
と発想は同じだね。
 米軍はそれを察したのか、戦闘を避け、兵糧攻めにするが、 硫黄島と違い農業ができる。
それを予測して、 島内に大量の田畑を作り自給自足を可能にしたので終戦まで食糧に悩むことはなく、餓死者はいなかったという。

:軍による虐殺事件はボルネオ島西部で、海 軍憲兵隊による抗日陰謀計画弾圧 として起こった。
 著者 はこの虐殺事件の背景に西ボルネオ開発200年史の理解が必要 だというね。
 この虐殺の記念碑は 1977年、地元政府が建てた という。
 しかし、 日本占領期に起源を持つ隣組制度や婦人会がインドネシアでいまだに活動しているという。
 これは、 日本占領期にかかわるものを戦後すべて否定しようとしたフィリピンからすると考えられないという。

A氏 今村均大将の軍政 が関係していたのかね。
 ウィキペディアによると、彼は戦犯で死刑にされそうになるが、 現地住民の証言で禁錮十年ですむ。
 インドネシア軍政時代の責任を問うための オランダ軍による裁判では、無罪 とされたね。
 巣鴨刑務所に収監されるが、 部下の戦犯者は環境の悪いマヌス島の刑務所にいるので、自らマヌス島に行くことを希望 する。
 マッカーサーは「 真の武士道は生きていた 」と感激し、マヌス島に移したというね。

:明日は タイ だね。






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Last updated  2007.05.09 06:12:55
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