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A氏 :そう言えば、 マルクス思想 には暴力が内在し、 マルクス主義体制では絶えず暴力的な活動 があり、 レーニン、スターリン、毛沢東 しかりだね。
私
:家庭でも 父親との口論
は暗い影を投げかけたという。
仲間の誰ともケンカしたが、それは 相手を完全に自分の支配下に置くことができないときに限られていた。
ある論争相手はこの マルクス
を「 トリール出の色黒男は荒れ狂う、おそろしげにこぶしを握り、限りなくわめきちらす、無数の悪魔に髪の毛をつかんで引きずり回されているかのよう
」と詩にまで詠んだという。
A氏 :何かの 欲求不満 でもあったのかね?
私
:一つの大きな不満、すなわち、 資本主義体制に対する憎悪の根本にあるのは、マルクスの異常なまでの金銭能力の欠如
だね。
青年の頃には高利の金貸しに頼るなど、 高利貸に対する憎悪
がある。
A氏: なんでそんなに金に困るのかね?
私
: 安定した正業がないのに浪費家
だったらしいね。
高利貸に借りる前には、まず、自分の家族や友人からの借金で、 家族との手紙の内容のほとんどは金銭問題
。
ついには 両親から支援
を断わられる。
そうしているうちに、両親の死で遺産が入る。
うまく投資すれば安定した生活ができたのに、 夫婦ともに金銭感覚がなく、遺産も借金も底をつく。
妻の実家も支援を断わる
。
さらに、 1948年
、 ベルギー政府はマルクスに国外退去命令
を出す。
A氏 : 貧乏のどん底 だね。
私
:家の中は埃と汚れだらけで、 マルクスはめったに風呂に入らなかった
という。
子どもも二人失う。
結局、娘3人が成長するが、 娘たちが独立して職業を持つことを許さなかった。
A氏 :「 働かざる者、食うべからず 」なのにね。
私
:その頃、 1940年代中頃
から知り合った エンゲルス
が支援をするようになる。
エンゲルスは事業家だが、 自分が得た金の半分はマルクスの生活支援に費やされた。
そのうちに、 エンゲルス
は、 マルクスの金銭感覚に期待するのを諦め、1969年に事業を売り払い、金利で生活
できるようにした。
A氏 : 資本主義を嫌ったマルクスが金利で生活 するとはね。
私
:最後にもう一人の問題の人物がいる。
マルクスの妻が結婚するとき、お手伝いとしてついてきた「 レンヒェン
」
だ。
マルクスが死んだ後の 1980年までマルクス家に仕えた
。
よく働いたそうだが、 マルクスは全く給料を払わなかった。
彼女が、マルクスが直接知っている唯一のプロレタリアート
だった。
A氏 :当時、いくら 労働搾取 といっても資本家は労働者に多少のカネを払っていただろうからね。
私
: 1949年から50年にかけてのどん底時代に、彼女はマルクスの愛人となり、1851年に男の子を出産。
世間体を考え
マルクスは認知しない。
子どもは 労働者階級の家に里子
に出され、マルクスの家に訪問しても玄関の使用は禁じられ、台所でしか母親と会うことはできなかったという。
A氏 :結局、マルクスは隠しとうしたのかね。
私
: 事実を知っていたエンゲルス
が 1958年に死ぬ間際にマルクスの娘に事実
を明らかにした。
その男の子、 フレディ
は労働者階級の子どもとして育てられ、 機械整備工
になる。
マルクスはそのフレディのことは知らなかったし、フレディもマルクスの家で一度見たマルクスが父であることを知らなかった。
フレディ は 1929年 に死ぬが、まさにそのとき、マルクスが切望した絶対権力を掌握した指導者、 スターリン がロシアの農民に対して破滅的攻撃を始めようとしていたと、この本はこのマルクスを扱った章をしめているね。
「ポスト戦後社会」吉見俊哉著・シリーズ… 2009.09.01
「イスラムの怒り」内藤正典著・集英社新… 2009.08.24