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間違いだらけの教育論
私
この本の出だしに、映画「 奇跡の人
」で有名な ヘレン・ケラー
と サリヴァン
先生
の壮烈な「戦い」の説明が登場する。
要するに、著者は、 教育の最初に、「人」として身につけるべき半ば強制的な「啓蒙」教育
があるとしている。
ヘレン・ケラー
だけでなく、誰でも 子どもは野性を持った人
として生まれる。
これを放置せず、 家庭、地域社会、学校
はいろいろ生きる上の行動を教える。
一人の近代的な生活ができる社会人
としての 基礎
をね。
それは、ある意味、 サリヴァン先生のような立場
だね。
A氏
:例えば、 子どもは甘いお菓子がほしい
。
ほしいと言っているから、 どんどん与えると子どもの体にも良くない。
子どもがそれを正確に 知性をもって理解することは困難
だね。
食事も姿勢を正しくして、日本人なら箸を使って食べる。
子どもは最初、嫌がるかもしれない。
しかし、強制が必要で、 何故、箸を使わないといけないかの説明
で理解できるものではない。
私
:俺の孫も、しょっちゅう、叱られているよ。
この 強制を伴う教育
を著者は「 啓蒙」教育
として明確に 一般の教育と区別
している。
A氏: 「啓蒙」教育 は、サリヴァン先生ではないが一番難しいね。
私
:それが 戦前
では、 家庭、地域社会、学校が1つの価値観を共有
していた。
それが 1960年ごろから分離
してくる。
A氏:いじめ 、 不登校 、 学力低下 、 モンスター・ペアレント 、 不適格教師 、あるいは 児童虐待 などの問題が 顕在化 してくるね。
私
:この本は、著者のそういう観点から、 7人の教育者を批判
して論じている。
トップに槍玉にあがったのは、 斉藤孝
氏だね。
斉藤氏の教育論
は、 この「啓蒙」教育をほとんど意識してとりあげていない
としているね。
斉藤氏の教育論
は、 すでに「啓蒙」が終わり、一応の「人」となった人との教育論
だとしている。
だから、「 教育は商品
」で、 教育を受ける人は買い手
となるという論法だね。
A氏 : 市場原理主義 では、買い手は正しい判断力をもっていて、 正しい選択ができる1個の独立した人格という前提 があるね。
私
:しかし、「 啓蒙」教育
は、 子どもは本来選択できないものだ。
だから、「 啓蒙」教育
は、 売買
できるものでなく、「 贈与
」だと著者は言う。
2番目に著者が槍玉にあげたのは、 苅谷剛彦
氏だ。
これは明日の話題としよう。