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間違いだらけの教育論
私
:著者は、 教育社会学者
の 苅谷剛彦
氏と 哲学者
の 西研
氏の共著「 考えあう技術
」を引用しているが、ここでは、批判でなく、むしろ「 学んでいる
」としているね。
自説の 「啓蒙」の教育
と 「文化」の教育
とを区別している点をさらに 、両氏の意見で補強
しているという感じだね。
苅谷氏
は「 個人
」と「 自己
」を区別すべきだとしているね。
著者は「 ひと」
が「 ひと
」になるというが、 前者が苅谷氏のいう「 自己
」
で、 後者が「 個人
」
だね。
A氏 :言い換えると、「 個人 」は 「公的個人 」、「 自己 」は「 私的個人」 だね。
私:
学校では、生徒や子どもに「 知
」を教える前に、「 子ども以前の子どもを
『 子ども
』にすることや、「 子どもを学ぶ主体
としての『 生徒
』にする」ことが必要だね。
俺の孫を見ていると、 親を離れて幼稚園に行く初日
が峠だったね。
すんなりいったがね。
A氏
:俺の近所の女の子は、初日、お爺さんに連れられて幼稚園に行ったそうだが、 どうしてもいやで泣く泣く、お爺さんと一緒に帰ってきた
というね。
年少組の初日は 、 多くの園児が家に帰りたいと泣く、
という。
私:
これを泣かないで 幼稚園という社会生活を送るまでの教育
が、「 子ども以前の子どもから『子ども』にする
」ことだね。
これは「 公的個人
」を作る第1歩だね。
幼児の「 自己
」が「 個人
」になる大きな変化
だね。
苅谷
氏は、「 公的個人」の教育は押し付けが本質だ
、という。
「教 育は押し付けは馴染まない
」というのはナンセンスで、「 教える側がいかにうまく押し付けるか」
という問題だという。
ベテラン保母
さんはうまく 、「押し付けている
」ね。![]()
A氏
:苅谷氏は オックスフォード大学の教授
だというが、イギリス人などの子どもに対する躾は、厳しくて、 子どもはまだ、人間でなく、動物
だからトレーニングが必要という発想なようだね。
その影響かね。
私
: 苅谷
氏と同様に、 西
氏も「 個性の実現
」には、まず、「 啓蒙」の教育
によって、子どもに「 現代社会の成員としてふさわしい能力をつけること
」が必要としているね。
苅谷
氏は、 戦後教育
が、「 私的自己」と「公的自己」を分けて論議
してこなかったために、 結果的に有用な自立的な市民を形成することに失敗
しつつあるという。
A氏
:簡単に言えば、 自由が責任を伴うことを理解しない市民
が増えたということかね。
ニートやひきこもりにつながったということか。
私 : 西 氏は、 ヘーゲル の言葉を引用して「 自由になるためには不自由が必要だ 」と言っているね。