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Ryu-chan6708

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2009.12.27
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間違いだらけの教育論

私: 内田樹 氏には「 先生はえらい 」という本があるそうだ。
   この本で、内田氏は、 教えを受けるほうが 先生はえらい 」と思わないと、 学ぶことは成立 しないという。
   また、車の運転について、 教習所 定量的な技術 」を学び、 F1ドライバー からは「 技術は定量的でないこと 」を学ぶという内田氏の本から引用している。
教習所の先生 は「 君は他の人と同程度に達した 」ということで評価するが、 プロのドライバー は「 君は他の人とどう違うか 」ということで評価する。
  そこで、著者は、 内田氏 は、 師と先生をごっちゃにしている という。

A氏 啓蒙」の教育 が問題になっているようだね。

内田氏の先生論議 には 、「啓蒙」の教育の教師 でなく、 その上に立つ人生の師としての先生論 に入ってしまったという批判だね。
内田 氏は、「 私たちが学ぶのは、自分がこの世界でただひとりのかけがえのない存在であるという事実を確認するためです 」と書いているという。
   これは「 真理」を学ぶことだ。
しかし、 不登校やひきこもりの子ども(若者) たちは、「 ただひとりのかけがえのない存在 」だから、 自分の感覚を絶対視して、社会に合わせようとしない。

A氏 :ひこもりやニートをなくす 「啓蒙」の教育 を経ないで、内田氏の考える「 真理」としての教育 も成り立たないというわけだね。

:著者は 「啓蒙」の教育 は「 贈与 」だから、 すべての公教育の教師には社会は権威を付与すべきだという立場 だね。
先生はえらいという権威 だね。
  そして、「 啓蒙」としての教育 なしで、いきなり 「真理」としての教育 や、「 文化」としての教育 を突きつけてもダメであるとしているね。

   明日は、「 ヤンキー先生 」の 義家弘介 氏に話題を移そう。





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Last updated  2009.12.27 08:35:01
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