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私
:この本はどこかの書評で読んで興味を持ち、図書館に予約した。
こないだの 図書館予約14冊
のうちの1冊だね。
7 年ほど前の2003年の出版
なので、新刊ではない。
この本の最後
では、 新しい戦後世代の時代
になったので、「 日本人論」の最期は始まっているとしている
。
「日本人論」を必要とした日本人
の、終わりが始まっているとしている。
ところが、 この本の著者の予測に反して、その後、「日本人論」が再燃 しているね。
A氏
: 2005年
に 藤原正彦
氏の「 国家の品格
」がベストセラーになり、 国会
でもとりあげられる。
小泉政権時代は、 改革の後の日本の国家像
が見えないとして、次の 06年
からの 安部政権
では「 美しい日本
」というスローガンが出たね。
当時の 安倍首相
は、国会の答弁で
「明治・大正期に外国人の多くが日本を称賛した。
アインシュタインは、謙虚さと質素さ、純朴で静かな心、これらを保って欲しいと述べた。
質素でも立ち居振る舞いが美しい日本人でありたい
」
と答えている。
これは「 国家の品格
」から、引用したのかね。
私
:この背景にも、「 失われた10年
」の日本の危機からくる「 日本人論
」があったね。
そして、 安倍政権以後
、小泉政権の 市場原理主義的な政策
で 格差拡大
となり、沈滞ムードの日本社会を問題視した。
同時に、 リーマンショック
で アメリカの市場原理主義的なモデルの崩壊
で、 09年頃
から、また、「 日本人論
」が登場する。
それは、この 知的街道
では、昨年の09年2月の 小泉改革の揺れ戻し
で扱っているね。
それは、 西部邁
、 中谷巌
、 桜井よしこ
、 姜尚中
の4氏が 田原総一郎
を 司会
にして行った座談会だ。
出席者4名のいずれにも、共通しているのは、 アメリカ金融資本の崩壊
にともなって、再度、「 日本のよい点の見直し
」が ポイント
になっていることだね。
桜井よしこ
氏は「 武士道
」を持ち出している。
中谷氏は、 「 資本主義はなぜ自壊したのか
」
で、自分の市場原理主義崇拝を反省し、 日本社会の伝統や日本型経営の良さの見直しを提唱
している。
A氏 :そうすると、この 「『日本人論』再考」 の論理的予測は外れたことになるね。
私 :この本の言わんとしていことは、全体的によく理解できない点が多かったね。
ただ、些細なことかもしれないが、勉強になったのは、日本を論じた ルース・ベネディクト
の著書の題名の「 菊と刀
」の「 菊
」は 天皇の紋章の菊
でないことだね。
日本人
には 「 平和な菊作りに工夫をこらす人
」でありながら、同時に「 刀を崇拝する人
」という側面があるという意味なんだね。
A氏 :題名が一人歩きしだしたんだね。
私:「 菊と刀 」でベネディクトは、「 日本の小学校では競争の機会を最小限にとどめている 」と指摘しているそうだ。
A氏 :手をつないでゴールするというのは戦前からあったんだね。
私
:ただ、戦前は「 失敗から恥辱を招く機会を避ける
」ためで、戦後の「 悪平等
」とは目的が違うようだね。
中根千枝
氏の「 タテ社会
」も誤解されているようだね。
「 タテ組織は排他的であるとか、自由な活動の場を個人に与えていない
」というのは「 タテ組織」
の 間違った解釈
であるという。
タテ組織は、開放的に加入は簡単だが、ヨコ組織は、イギリスの「クラブ」のように閉鎖的であるという。
タテ組織では、「 序列偏重で、一見非常に弾力性がなく、硬直した組織のようであるが、これは同時に、驚くほど自由な活動の場を個人に与えている
」という。
ただ、タテ系列なため、 セクショナリズム
になりやすいという欠点もある。
A氏
:面白しろかったのは、今月の「 文藝春秋
」でサッカーの元日本監督だった オシム
氏が、「 なぜ日本指揮官はかてないのか
」という寄稿をしているね。
これも一種の「 日本人論
」だね。
オシム
氏は、 外国選手と比較
して、 日本選手は自ら判断すること、リスクをおかすこと、責任をとることを回避する傾向
があるという。
他人の判断に従属し、責任の所在があいまいでリスクを冒そうとしないと指摘
している。
私 :「 日本人論 」はなかなか、消えそうもないね。
明日は、この本で述べている世代による日本像の違いに興味がったのでふれておこう。