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「日本人論」再考
私
:「 日本人論
」は、日本が「 近代」の正統な走者
ではないという 疑い
、 西洋「近代」の外部
のものとして、 その近代を受けて入れることが可能か
、 正統
か、または「 正しい
」ことなのか、という問題をめぐっての議論だね。
A氏 :去年の「 日本人論 」は、 アメリカなどの 市場原理主義 を真似して取り入れようとしてきた日本の行動への疑念 から生れているね。
私
:だから、 日本が危機に陥った時
と、逆に、 好調な時
も何故好調なのかという疑念から「 日本人論
」がブームになる。
最初の日本の高揚期
は、 日清・日露戦争の頃
で、著者は、その頃の代表的な「 日本人論
」の本として 志賀重昴
「 日本風景論
」、 内村鑑三
「 代表的日本人
」、 新渡戸稲造
「 武士道
」、 岡倉天心
「 茶の本
」をあげているね。
高揚期に書かれているから、 日本の特殊性
を西洋と独立させて明確
にしているが、 西洋との共通点
もあげている。
しかし、 大正・昭和
になると、「 日本人論
」はあまり盛んでなくなる。
「 昭和のだらだら坂
」となる。
A氏 :そして 敗戦後の「 日本人論 」になるね。
私
: 司馬遼太郎
は、「 昭和のだらだら坂
」を 明治のリアリズムを失った
魔法の10年
と言っていたが、著者は、別な解釈だね。
それは、 魔法の10年の軍国主義を推進した日本のリーダーたち
は、 その前の世代に育てられたという解釈
だ。
それで、こないだ読んだ 中西輝政
氏の 「 日本人として知っておきたい近代史
」とリンクした。
明治リアリズムの代表者
の 児玉源太郎
は 1852年
生まれ。
明治維新
は 1867年
だから、 児玉源太郎は 15歳
。
明治維新
の リーダー
である 岩倉具視
や 大久保利通
は 当時40歳台
。
児玉源太郎
が活躍する 日露戦争
は 1904年
。
源太郎
は 52歳
。
東条英機
は 1884年
生まれ。
日露戦争
の時、彼は 20歳
。
日露戦争に勝利して、 日本は列強の仲間入りができる 。
A氏
: 東条英機世代
は、その 先輩の遺産
を受け継いだことになるね。
受け継ぎ方が悪かったのかね。
私
:このへんが、この本ではスッキリしない。
「 日本人として知っておきたい近代史
」の 中西
氏は、 児玉源太郎
などの 明治の3太郎
が若くして亡くなったことが、問題だとして、歴史にイフは許されないが、もし、 彼らが昭和始めまで生きていたら、馬鹿な戦争はしなかっただろう
と言っているね。
同様に、 今の若い世代
も、 高度成長を成し遂げたすでに引退しつつある親で育てられた世代
だね。
この辺の世代論と「 日本人論
」の関係がスッキリしなかったね。
いずれにせよ、 グローバル化
は ローカル化も促進
するだろう。
「 日本人論
」はなくならないと思うね。