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Ryu-chan6708

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2010.05.12
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「日本人論」再考

:「 日本人論 」は、日本が「 近代」の正統な走者 ではないという 疑い 西洋「近代」の外部 のものとして、 その近代を受けて入れることが可能か 正統 か、または「 正しい 」ことなのか、という問題をめぐっての議論だね。

A氏 :去年の「 日本人論 」は、 アメリカなどの 市場原理主義 を真似して取り入れようとしてきた日本の行動への疑念 から生れているね。

:だから、 日本が危機に陥った時 と、逆に、 好調な時 も何故好調なのかという疑念から「 日本人論 」がブームになる。
最初の日本の高揚期 は、 日清・日露戦争の頃 で、著者は、その頃の代表的な「 日本人論 」の本として 志賀重昴 日本風景論 」、 内村鑑三 代表的日本人 」、 新渡戸稲造 武士道 」、 岡倉天心 茶の本 」をあげているね。
  高揚期に書かれているから、 日本の特殊性 を西洋と独立させて明確 にしているが、 西洋との共通点 もあげている。

  しかし、 大正・昭和 になると、「 日本人論 」はあまり盛んでなくなる。
  「 昭和のだらだら坂 」となる。

A氏 :そして 敗戦後の「 日本人論 」になるね。

司馬遼太郎 は、「 昭和のだらだら坂 」を 明治のリアリズムを失った 魔法の10年 と言っていたが、著者は、別な解釈だね。
  それは、 魔法の10年の軍国主義を推進した日本のリーダーたち は、 その前の世代に育てられたという解釈 だ。
  それで、こないだ読んだ 中西輝政 氏の 日本人として知っておきたい近代史 」とリンクした。

明治リアリズムの代表者 児玉源太郎 1852年 生まれ。
明治維新 1867年 だから、 児玉源太郎は 15歳
明治維新 リーダー である 岩倉具視 大久保利通 当時40歳台

児玉源太郎 が活躍する 日露戦争 1904年
源太郎 52歳

東条英機 1884年 生まれ。
日露戦争 の時、彼は 20歳

  日露戦争に勝利して、 日本は列強の仲間入りができる

A氏 東条英機世代 は、その 先輩の遺産 を受け継いだことになるね。
  受け継ぎ方が悪かったのかね。

:このへんが、この本ではスッキリしない。
  「 日本人として知っておきたい近代史 」の 中西 氏は、 児玉源太郎 などの 明治の3太郎 が若くして亡くなったことが、問題だとして、歴史にイフは許されないが、もし、 彼らが昭和始めまで生きていたら、馬鹿な戦争はしなかっただろう と言っているね。

  同様に、 今の若い世代 も、 高度成長を成し遂げたすでに引退しつつある親で育てられた世代 だね。
   この辺の世代論と「 日本人論 」の関係がスッキリしなかったね。

   いずれにせよ、 グローバル化 ローカル化も促進 するだろう。
   「 日本人論 」はなくならないと思うね。






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Last updated  2010.05.12 08:18:48
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