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メディアは知識人をどう使ったか
私
:こないだ 朝日新聞の書評
で、「 六◯年安保
」 というこの著者の本
が取り上げられていた。
書評から興味をもって、すぐに予約のため インターネット
で 図書館を検索
したがリストにない。
そこで 著者に興味
をもって、古いが図書館リストにあるこの本を借りることにした。
ところが、それから1週間位たって、また 図書館のリストを検索
したら、「 六◯年安保
」が検索にひっかかった。
どうやら 図書館
では、朝日新聞の書評から購入に踏み切ったらしい。
遅れ馳せながら予約したが、すでに 待ち数6
。
図書館は1冊しか買ってないので、 2,3ヶ月
待ちだね。
ところで、この本は、 敗戦直後の昭和20年8月15日から、年末までに期限 を切って、 その間のメディアと知識人の関係 をまとめているね。
A氏
: 軍国主義が崩壊
して、 一挙に民主主義に転換する時期
だね。
この頃は、 メディア
と言っても今のようにテレビが無いから、 新聞が中心
だろうね。
私
:そうだね。
当時の2大紙である「 毎日新聞
」「 朝日新聞
」を中心にとりあげている。
「 読売新聞
」は、まだ、大新聞ではなかったんだね。
俺は、この本は著者に興味があって借りたんで、あまり中身は興味はなかったね。
最後に、 エンコード
、 デコード
などの理屈が登場してピント来なかったね。
しかし、 敗戦直後の代表的な知識人
として 賀川豊彦
、 林語堂
、 美濃部達吉
、 大内兵衛
など、なつかしい名前が登場するね。
まぁ、以下、俺なりに読んだ記録は残して置きたい。
著者は、この 敗戦の年を 3つの時期
に分けている。
第1期
は、 8月15日から9月末
。
第2期
は、 10月初めから10月末
。
第3期
は、 10月末から12月末
。
この間の「 毎日新聞 」「 朝日新聞 」の記事を中心にとりあげている。
「 朝日新聞
」は 8月21日
から、「 英霊に詫びる
」という 連載特集を開始
する。
トップは 大佛次郎
だね。
しかし、 この連載企画は4日間続いた後終了
している。
A氏 : 連載企画の失敗 かね。
私
: 敗戦のショック
から何日もたっていないのに、どのようにして「 英霊に詫びる
」のか、知識人であっても的確な答えは期待できなかった。
この連載の3日目は、 吉川英治
で、これは 談話筆記
だね。
吉川英治
は、戦後、疎開先の青梅市で3年ほど過ごし、ペンを絶っているね。
要するに、 新聞(メディア)自体
が、 敗戦直後の時期
に、 どのように「戦時体質」から脱却すべきか
が分からなかったということになるのだろう。
同様に「 毎日新聞
」も「 新日本建設の道
」という連載を同じ頃始めるが、 3回で終了
している。
初回
が 石原莞爾
陸軍中将、 2回目
が 鮎川義介
という、後に 戦犯
として戦争責任を追求される人に書かせている。
第2期
は、 10月初めから10月末
だが、 GHQ
は 9月末
から、 メディアを直接統制する方針
を打ち出し、 10月8日頃から、主要新聞に対する本格的な 事前検閲
を開始
した。
この時期から、 右翼的な知識人
から 左翼的な知識人
へと メディアの登場人物
が次第に変わってくる。
また、この時期には、 小林多喜二
の獄死や 政治犯の釈放・出獄の動き
、あるいは戦前・戦中の著書の発禁、大学教員の罷免といった 思想・言論の弾圧を告発する記事
が続々と報じられる。
「赤旗」が10月20日に再刊
される。
「 毎日新聞
」「 朝日新聞
」ともに、「 戦時」色から、「戦後」色へと顕著な変化
を遂げる。
第3期
は、第2期の「 民主化
」「 左傾化
」が一層進んだといえるが、「 左傾化
」の進行にかかわらず、戦争責任を免れたと思ってメディアに登場した知識人が、後に戦犯として逮捕されたという混乱が残っていた。
代表的な例が 近衛文麿
だね。
12月
の「 毎日新聞
」「 朝日新聞
」両紙にインタビュー、談話などが載った人物のうち、 後に公職追放になった者
は、かなりの数にのぼっているという。
昭和20年
は、その意味でメディアも知識人をどう扱うか、混乱状態を脱していなかったことになるね。
次はこの著者の2冊目の本である「 六◯年安保
」に期待したい。
六〇年安保