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私
: 琉球王朝
では 1775年
、刑法典「 琉球科律
」が制定さている。
この時代からの 琉球の司法制度
は日本本土のものと異なり、中国の影響を受けながら本土に先駆けて 欧米列強との交流
で 独特の国際感覚
を早くから育んだという。
明治期に「 琉球科律
」に接した日本の官僚が「 琉球にはもったないほどの刑法典だ
」と言ったという。
この刑法典は、性善説に基づいており、琉球検事に受け継がれているという。
A氏 : 1945年8 月、敗戦によって 米国の沖縄統治 が始まるね。
私
: 行政府
が置かれ、 翌46年2月
に司法を所管する「 司法府
」設置に伴い裁判所と検察庁が設けられる。
52年
に講和条約で米国の統治機関である「 米国民政府
」のもとで沖縄に 自治政府
が設立される。
そのとき、沖縄住民は日本のにおいがする「 沖縄
」でなく「 琉球政府
」とした。
A氏 :沖縄の人々の心のどこかには、日本合併の前の、 琉球王朝の良き時代 に還らんとする気持ちがあったのかね。
私
:それは 琉球銀行
、 琉球大学
、 琉球放送
などの名称に残っているね。
今でも日本からの独立論があるという。
53年 、検事局が琉球政府の1部局となり、「 琉球検察庁 」と改称。
A氏 :沖縄は、 72年 の復帰前は 米国統治下 だね。
私
:先に述べたように 高等弁務官
を長とする「 米国民政府
」とその補助機関として沖縄住民からなる「 琉球政府
」の二重統治だね。
この 高等弁務官
が制定する「 布令・布告
」が沖縄の法体系の基本になっており、行政、立法、司法の全分野にわたり、沖縄住民の選んだ立法院の制定する民立法の全てに優先した。
A氏 :建前はともかく、沖縄は米国に「占領」され、「 統治 」されていとわけだ。
私 :米国統治下になってからは、日本統治下で勤務態度が厳しかった 琉球検察庁 は、米国統治下でルーズな勤務態度に戻ったという。
戦後間もない混乱時代には 米軍物資の窃盗や横流し、さらには密輸出関連の犯罪
が多かったという。
沖縄の米軍保管庫から大量の武器が盗まれ、香港経由で 中国共産党の毛沢東軍
に売却された事件があったという。
これをきっかけに、大規模な捜査が行なわれ 大量の武器を押収
したという。
A氏 :社会の基盤が 米軍基地の存在を前提 とした不安定な構造であったのだね。
私
:米軍基地に関係する公安事件は増加していたが、最初は「 反米一色
」ではなかったという。
敗戦後、米軍は戦闘で荒廃した沖縄住民のために食料や住宅を供給した。
しかし、米軍の統治が長くなるにつれ、 反基地の公安事件
が増加する。
A氏
:背景に戦争があるね。
1950年6月25日
に 朝鮮戦争
が始まる。
1960年
には ベトナム戦争
が始まる。
最初、沖縄に与えていた 自治
は、 重要な米軍基地
へと方向が変わって行くね。
その間に米軍は 施政権
をもとに沖縄各地に半ば力ずくで 基地や施設を建設
し、また米軍兵士による悪質な事故、殺人を含む事件が頻発し県民の死傷者も相次いだというね。
これが「反基地運動」の原因になるんだね。
私
:こうした状態で日本への復帰運動が起こる。
一方、米国は ベトナム戦争
に失敗し、 1699年
、ベトナムからの撤退を公約に掲げ前年の大統領選挙に当選した ニクソン大統領
との日米首脳会談で基地を残したままの沖縄返還が決まるね。
ところが、翌 1970年12月20日
未明、「 ゴザ暴動
」が発生する。
まだ、復帰前で米軍の統治下での暴動だ。
これは明日のテーマとしよう。