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A氏
:朝日新聞が「 暴力とスポーツ
」という 3日連載コラム
を掲載していたが、今日がその最後の記事となったね。
今日の記事の題名は「 100年の『歴史』転換の時
」とあるね。
私 : スポーツ倫理学・教育学 専門の 友添秀則 早大スポーツ科学部教授 が、日本のスポーツの土台は学校が担ってきたが、戦前にその学校に「 軍 」が入り込んできた歴史があるという。
A氏
: 1925年(大正14年)、
政府は「 陸軍現役将校学校配属令
」を出す。
旧制中学や師範学校などで当時あった 学校体育
に、 軍事教育の教練の教員
として軍の将校や下士官が入ってきた。
戦時下になってくると彼らが 学校で中心的な存在
になり、 暴力
が受容される空気ができたという。
私 :戦後、このいちど染みついた 威圧と服従による指導方法 は消えず、スポーツ教育で、効率的に選手を生産する方法になったという。
A氏
:教える側も軍隊時代に上官からピンタなどの「 体罰
」を徹底的に受けてきたからね。
そのシッペ返しが教える スポーツ選手
に対する 暴力
となる。
私
:朝日新聞は、「 スポーツと体罰
」欄で2週間くらいいろいろスポーツ界の著名人のコメントを掲載していたが、歴史的な解説はなかったね。
今度、始めて、 100年前
にもどり歴史的な説明をしているね。
その教育上の「 体罰
」を歴史的に解明したのが、この「 体罰の社会史
」の本だね。
以前、 ブログ
でも取り上げたが、今、図書館で借りて読みだした。
それによると、 1879年(明治12年)、 政府 は「 教育令 」を出しているが、その 第46条 に「 体罰禁止 」が 明文化 されているという。
A氏 :明治の初期の頃は、日本は教育における 「体罰」禁止先進国 だったんだね。
私 : 学校体罰禁止 の 西欧最先進国 の フランス でも、日本より 8年 遅れて法制化したという。
A氏
:何故、日本は先進国だったんだろうね。
背景に何があったんだろうか。
私 : 仏教、儒教 などに影響された 我が国の伝統思想 の中に、 国民感情 として、 体罰を残酷なものとする見方 が定着していたんだね。
この「 体罰の社会史 」の著者が、「 体罰 」の歴史を研究しようと思った 動機 は、次のようなものだという。
1983年 に戸塚ヨットスクールの事件で、問題になった 戸塚宏 氏が書いた「 私はこの子たちを救いたい 」という本の中で「 日本の歴史が二千年あるとしても、体罰を否定しているのは、最近の三十年間だけで、あとの1970年間は、肯定されているのである 」とあったからだという。
A氏 : 1879年(明治12年) の日本政府の「 教育令」第46条 に「 体罰禁止 」が明文化されていることからしても、この一事だけで 戸塚氏 は史実を知らないことになるね。
私 :著者の 江森 氏が「 体罰 」の長い歴史を詳しく調べた結論は、 戸塚氏の考えと正反対 だね。
明日から、「 体罰 」の歴史を、歴史の順にそって検討してみよう。