知的漫遊紀行

知的漫遊紀行

PR

×

Keyword Search

▼キーワード検索

Profile

Ryu-chan6708

Ryu-chan6708

Calendar

Favorite Blog

まだ登録されていません

Freepage List

2013.02.28
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類

A氏 :このところ、君のブログで続けて「 体罰 」問題をとりあげたので、「 体罰 」アンテナが張られていて、 今朝の朝日新聞 の「 社説余滴 」欄の記事にひっかかってしまったよ。

 筆者は、スポーツ現場や部活動における 暴力(体罰)問題の取 材を重ねてその根の深さを思い知らされているとしているね。

 昨日、君は「 体罰 」という「 暴力を加える側」 の心理分析に視点を置いたが、この記事は、「 暴力を受けた側 」の視点で問題を指摘しているね。

:筆者が気が重いのは、 指導者側の「体罰」容認論 も大いに疑問だが、もっと気が重いのは、「 暴力を受けた側 」から「 体罰 」容認論を聞かされた時だという。

 「 殴ってもらって目が覚めた」「自分の甘さに気づかされた 」と生徒や選手からそんな話がでるという。
高校球児 が「 気合を入れてください 」と試合前に自ら を差し出したという話もあったという。

A氏 :筆者は、スポーツ現場を長く見てきているが、 こういう関係では選手としての成長も結果も得られない と言っているね。

:無抵抗の暴力で、強制された通りやっていることに慣れるということは、生徒自身の成長のためには怖いことだね。

 「 体罰 の罠 に陥っていることを自覚できない人間として育つことになる。
 スポーツは競争だが、 相手に勝つ工夫 自主的に臨機応変に考える力 を失うことになる。
  「 胆力 」のないスポーツマンとなるだけだね。

 海外から来た指導者の多くは「 日本人は指示されたことは忠実にこなすが、自分で判断できない」「ミスを恐れてチャレンジしない 」と指摘する原因ともなっているね。 要するに「 胆力 」がないということだね。

A氏 :だから、プレーする側が自立し、自主的に取り組まない限り、スポーツは成り立たない。
原点 に立ち返れば 部活動 も変えられる。
 そこに暴力や「 体罰 」が入り込む余地はないと 氏は言う。

氏は最後に「 時間はかかるかもしれないが、今度こそ根絶しなければならない。
死に追い込むような悲劇はもうごめんだ
」と書いているね。

 まさにその通りだね。






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2013.02.28 19:28:51
コメント(0) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: