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私
: 則夫
は 横浜の家庭裁判所
に母と次男が則夫を引き取りに来てから、 新宿の牛乳店
に住み込みで働き、定 時制高校
に通うことを決意する。
則夫は入学して最初の中間試験で 79人中13番
の成績を残している。
ドストフェスキー
を読み出す。
A氏 :やはり能力はあるね。
私
:しかし、ここでも最初は仕事は必死にやるが、途中で疲れ果て、逃げ出してしまうパターンが繰り返されようとしていた。
彼は孤独でそういうときに相談相手がなく、 自分が無視されているような猜疑心
が働く。
そのとき、横須賀事件の 保護観察
官に訪問される。
これで 前科が店にバレたと猜疑心
が働き、店を飛び出し、 次男の家
に飛び込む。
この後、事件を起こすまでの 1年3ヶ月の間
、さらに2度再起を誓って 牛乳店
に勤めているが、同じ行動パターンでやめている。
また、すぐにカネになる 沖仲仕
の仕事もする。
毎日、 次男の家
に泊まるわけにもいかないので、 野宿
もする。
三男
は定時制高校を出て、 中央大学法学部
(夜間)の試験にも合格。
昼間は中堅の 法律専門の出版社
に就職していた。
A氏
:彼ら 長男、次男、三男、則夫の4人兄弟
は「 カラマーゾフの兄弟
」に登場する 4人の兄弟
とおどろくほどよく似ているね。
則夫も ドストフェスキー
を読んでいたというが、共感する点があるのかもね。
私
:その後、 昭和43年
、則夫は 2回目の牛乳店
を止め、神戸港に行き、フランス船に乗り込み逮捕される。
直前に 自殺
しようとする。
再度、 少年鑑別所
送りとなったが、 自殺
のおそれがあるとして、 独居房
に入れられた。
2月
に 東京・練馬の少年鑑別所
に送られるが、ここでは幸いリンチはなかった。
しかし、転職を繰り返し、則夫は自殺未遂を繰り返すまで自分を追い詰めていく。
自殺を考えたり、実行しようとしたりした回数は 19回
にのぼったという。
2月16日 、 三男 は東京・練馬の少年鑑別所を出て東京家庭裁判所に送られた則夫を引取りに行く。
A氏 :則夫は次男にも見放されたのかね。
私 : 三男 は、大学試験には合格していたが、入学金と初年度の学費を払えず、 入学を諦めた 。
三男
に引き取られてから、三男に言われ、 3度目の牛乳店の住み込み
で再度、 定時制高校
に通うことにした。
真面目さを買われ 学級委員長
にもなった。
しかし、委員長に選んだのは、学校をやめさせるのではないかと、またいつものパターンの 間違った周囲からの被害妄想 が始まる。
A氏
:また、 被害妄想
か。
自己責任だろうかね。
それとも生い立ちのせいかね。
私
:牛乳配達で集金したカネを持ち逃げして、 3年
ぶりに 青森の実家
にもどるが母親からガミガミ言われる。
再度、上京し、 沖仲仕
をやるが宿はなく、 野宿
。
8月
にもなると、暑くなり、沖仲仕の仕事はきつくなる。
組を抜け出し、「 アンコ
」になる。
池袋の 次男のアパート
に立ち寄る回数が増えた。
しかし、あるとき、 次男のアパート
に行ったら、「 もう来るな
」と言われる。
則夫は 完全なホームレス
となった。
明日は、何故、 殺人事件
が起きたのかに移ろう。