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2013.09.09
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カテゴリ: カテゴリ未分類

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A氏
:「 家族 」についての 自民党草案 はどうかね。

:「『 家族 』は、 社会の自然かつ基礎的な単位 として、 尊重 される。
 『 家族 』は、互いに助け合わなければならない」
   とある。

 「 個人 」が消え、「 家族 」の中の「 」になり、「『 家族』が社会の自然かつ基礎的単位 」となっているのは、 現行憲法の社会観の逆転 だね。
天皇を頂点 にした「 村社会」的な意識 が強い日本には「 個人 」は向かないと見たのかね。

 「 敗戦 」に向けての最後は、「 個人 」の 立憲政治 も消えて「 」の 大政翼賛会 になる。
 「 」は「 和して同ぜず 」でなく「 個人 」無き 金太郎飴 になる。
 だから、 敗けると知っていて、開戦する

 戦争が始まると「 戦陣訓 」になる。
天皇 のための「 玉砕 」となる。

 「 人間意思の自由、思想の自由 」という 近代的思想の一欠片もない

  その 近代思想の相手 近代戦 を戦ったのだから、当然、「 敗戦 」だ。

技術の最先端の原発 まで「 原子力村 」となり、 安全性を心配する「 個人 」を追い出し、最後は、 フクシマで壊滅 する。

  「 敗戦 」の流れとまったく同じだね。
  「 個人の尊厳 軽視 は「 ブラック企業 」にも現れている。

  考えると、 自民党の憲法草案 は「 永続敗戦 」の産物だね。

A氏 国民が権力を縛る憲法 から 国民が尊重への義務を追う憲法 という転換。
 なんだか、 教育勅語 も一緒になっている感じだ。
明治憲法 ですら 教育勅語 は別だったのに。

:「 婚姻は両性の合意 のみ に基づいて成立 し」が「 のみ 」が 削除 され「 婚姻は両性の合意に基づいて成立し 」に変えられている。
 これも現行憲法より「 個人 」が曖昧となるね。

A氏 :考えてみれば、西欧は 一神教 のもとに「 個人 」という意識が強い。
 その思想に接した 夏目漱石など明治の知識人 がそれまで 封建的なムラ意識が支配的な日本 における西欧の「 個人 」で苦闘してきた。

:「 敗戦 」を「 終戦 」にせず、もう一度、 天皇を頂点とする家族主義 国家のあるべき姿 とするのか、それとも「 個人 」の尊厳 を中心に置くのか、考えるべきだね。

 自民党の草案は 9条だけの問題 でないことがよく理解すべきだね。

 まぁ、一言で言えば、 自民党草案 は「 永続敗戦」の憲法的産物 だね。
9条問題 にめくらましを食わされてはダメ。
憲法改正問題 の検討には「 永続敗戦 」から脱した 幅広い見識 が問われている。






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Last updated  2013.09.09 08:08:05
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Re:「いま、憲法改正をどう考えるか・『戦後日本』を『保守』することの意味」樋口陽一著・岩波書店13年5月刊・その4(09/09)  
今日のブログはとても難解です。
(2013.09.09 08:46:16)

Re[1]:「いま、憲法改正をどう考えるか・『戦後日本』を『保守』することの意味」樋口陽一著・岩波書店13年5月刊・その4(09/09)  
Ryu-chan6708  さん
ライラック7611さん
>今日のブログはとても難解です。

-----
 明治憲法で明治の政治家が西欧に学び、立憲政治は進みますが一方で、その西欧の背景にある「個人」としての「人間意思の自由、思想の自由」は定着せず、「教育勅語」で道徳の根源は天皇となり「個人」は次第に消滅します。
 「個人」は嫌われ、敗けるとわかっている戦争を始め、危険とわかっている原発を稼働させます。
 こういう反戦の原因追及、原発事故の原因追及をシッカリしないことを「永続敗戦」といいます。
 個人をなくし、家族を持ってくるという流れは、「敗戦」に至った日本の近代史の失敗を学んでいないことになります。
 西欧文化に初めて接した明治からの歴史が絡むので難解な問題かもしれません。自民党憲法草案はそういう問題を含んでいるということです。 (2013.09.09 09:26:31)

Re:「いま、憲法改正をどう考えるか・『戦後日本』を『保守』することの意味」樋口陽一著・岩波書店13年5月刊・その4(09/09)  
「『家族』は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。
『家族』は、互いに助け合わなければならない」

これを間違った道徳観だとお考えなのでしょうか???

それとも道徳観としては正しいが、「憲法に記載すべきものではない」そのようにお考えなのでしょうか???

欧米において、個人と唯一神との間に「契約」がる社会これが前提となっています。

それでもEU内で多くの国に「家族は保護されるべき」と憲法には記載されております。

勿論、その理由等については、我が国の考え方と異なる点はありますが。。。

天下がまるで一つの家になったような温かい結びつきを実現させたい。これが神武天皇建国の詔ではないでしょうか。これが我が国の原点だと思っています。

その国に「家族」の規定がないほうがおかしいのではないでしょうか。 (2013.09.09 12:45:42)

Re[1]:「いま、憲法改正をどう考えるか・『戦後日本』を『保守』することの意味」樋口陽一著・岩波書店13年5月刊・その4(09/09)  
Ryu-chan6708  さん
愛しの増田恵子様さん
>「『家族』は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。
> 『家族』は、互いに助け合わなければならない」

>これを間違った道徳観だとお考えなのでしょうか???


間違いとは一切言っていません。これによって「個人」が消え、家族の中の「人」になったことが大問題だと言っているのです。それは、「個人」の一票を基礎とする立憲主義の放棄と一体です。

戦前の家族主義、村社会による「人間意思の自由、思想の自由」の崩壊、立憲主義の崩壊は、ついには敗戦、原発事故に終わりました。
 まだ「永遠敗戦」が続いています。
(2013.09.09 20:51:53)

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