PR
Keyword Search
Calendar
Comments
Freepage List
私 : 録画 しておいたのを今日見たよ。
主に 日本レスリング の活躍を中心にしているね。 主人公は 2人 いる。
一人
は 日本レスリング
の 総監督 八田一朗
氏で、 1906
年6月3日生まれ、広島県出身。
1929年
(昭和4年)、 早大柔道部
の一員として米国へ遠征し、ワシントン大でレスリングと遭遇。
帰国後、 レスリング部
をつくり、 大日本アマチュアレスリング協会
(現日本協会の前身)の創設に尽力した。
1932年
(昭和7年)のロサンゼルス・オリンピックにレスリング代表選手として出場している。
もう一人
は 1964東京オリンピック
のレスリング
の フリーフライ級
の 吉田義勝
選手。
1964年
、大学4年の時に 全日本選手権で優勝
したことで 八田
氏の指名で東京オリンピック代表に選出される。
A氏
: フリーフライ級
には 強敵ソ連
の アリ・アリエフ
がいた。
アリエフ
は当時 世界最強
と言われ、 3度世界のチャンピオンになり、日本選手は勝てなかった相手だ。
私
:これを 仮想敵
として 吉田
氏は 技術的
に工夫して猛練習する。
レスリング
には当時、 八田イズム
という練習方法があった。
その 理念
は、 大東亜戦争の敗戦
にあるね。
八田
氏は兵隊として 中国の戦争
に行くが、 日本軍の間違った根性論
にがっかりする。
一つは 竹槍根性
だね。
A氏
: 銃後の老人
に 竹槍
を持たせて 根性を養う
というものだね。
竹槍
で アメリカの爆撃機B29
が落とせるかと戦後言われたね。
それに 妊婦も行う消火のためのバケツリレー
。
私
:いくら 竹槍
をふりまわしても 大東亜戦争には勝てなかった
。
そういう 根性論
を 八田
氏は嫌った。
正しい技術の練磨
と 精神力
が伴わないといけない。
正しいトレーニング
を忘れているという。
そこから、 弱い日本 で 強い外国 に勝つための 八田イズム が始まる。
A氏 :前回の ローマオリンピック では レスリングの金メダル は ゼロ だね。
私 : 1964東京オリンピック で 八田 氏は 8個 の 金メダル を狙う。
初戦の吉田氏
は アリエフ
と5回戦で戦う。
素早い動きで アリエフ
を封じ、 アリエフ
が相手を引き寄せる際に踵に体重が乗る癖を見抜いて終了間際に アリエフ
の バック
を取ってポイントを奪い、 1-0で勝利
。
決勝戦
では 韓国のチャン・チャンスン
を下してこの種目で初めての 金メダル
を獲得する。
A氏 : 日本レスリング は最終的に 5個 の 金メダル を獲得するね。
私 :取得した 金メダル は 銀座の目抜き通りの宝飾店 に飾り、 スポーツで日本が世界に勝つことができることをアッピール したという。
A氏 : 敗戦で自信を失った日本人 が自分をとりもどすための 1964東京オリンピック だったんだね。
私
:当時の IOC会長
だった アベリー・ブランデージ
氏は、 大会の始まる前
に アジアで初めてのオリンピックの準備状況
を視察に 東京を訪問
するが、 日本側は自信なさそうであった
という。
彼はそのとき「 たぶん
」という 弱気の日本語
を知る。
しかし、 大会が始まると
「 すばらしい
」という 日本語
を彼は知ることになる。
A氏 : 敗戦で自分たちの弱さ を知り、それを カバー して 強敵の外国選手相手 に スポーツで勝って金メダルをとった ということは、 1964東京オリンピック は 日本の自信をとりもどした国家的な一大イベント だったんだね。
私
:それから日本は 高度成長
に突入し、 経済大国
に向けて走りだすね。
2020東京オリッピック
は 日本の歴史
にどういう意味を残すだろうか。
A氏
: 今朝の朝日新聞
の「 文化
」欄に ドナルド・キーン
氏の インタビュー
が載っているね。
キーン
氏は、 3.11の東日本大震災
を契機に、日本永住を決め、 2012年
日本国籍を取得した。
このインタビューで氏は、 東京五輪 で国内は涌いているが、 本来のオリンピック精神 からかけ離れ、 極端に多額のお金を使って人をびっくりさせるイベント になっているとして、どうしても日本でやりたいなら、 東北でやればいい と キーン 氏は言う。
私 : 被災地 ではまだ、 仮設住宅 で生活している人がいて「 東北もう忘れたか 」と キーン 氏は言う。
ひょっとして、 2020東京オリンピック
は 国レベル
では 3.11の事故
を踏まえた「 脱原発
」の 節目のイベント
になるのだろうか。
それとも 3.11
を忘れ「 原発推進
」となっているのだろか。
いずれにせよ、 3.11 が絡むような気がするね。