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私 :帝国憲法は最初から、 簡潔明瞭 にして、将来の国運の進展に柔軟に対応できるように作成されていた。
帝国憲法が 昭和初期 から崩壊していくのは、 その解釈と運用 にあった。
まず、 学者 が帝国憲法をよく理解せず、 立憲主義の理念に反する解釈 が出始める。
美濃部達吉
はそれらを批判して 立憲主義の立場から 天皇機関説
を唱える。
A
氏
:しかし、彼の著書は国体に違背するとして 昭和
10
年(
1935
)
発禁
になるね。
私 :それは帝国憲法の立憲主義的な内容を変えようという者達にとって邪魔だったからだ。
戦後 、美濃部氏は「 帝国憲法は立憲主義の憲法なので、改正の必要がない」 としている。
帝国憲法に精通していない外人
が、戦争中の十数年間、 日本が専制的軍国的であったのは憲法のせいにしている
が、それは逆で 憲法の真の精神が歪曲され、間違った解釈や、運用によって生まれた慣習や法令が問題
だったのであるから、これらを変えればよい。
帝国憲法を変える必要はない
」としていた。
実は 天皇機関説
を葬ることは、立憲主義を葬ることだから、 帝国憲法に対する死刑判決
だった。
A
氏
: 昭和
10
年
頃
から、日本が 戦時体制
に入っていくにつれて 帝国憲法の廃棄論
が唱えられるね。
私: 帝国憲法の特徴は「 権力の割拠性 」、すなわち 縦割り にある。これは立憲主義の特徴だが、それゆえに この憲法では近代戦争の特徴である総力戦の邪魔である ということだね。
この「 権力の割拠性 」が災いして、国家機関が独走したとき、抑えのきかないシステムになっていた。
このシステムの欠陥を利用し、憲法の一部の規定を拡大解釈して、内閣をコントロールしたのが軍部
だね。
A
氏
: 司馬遼太郎
は 軍部の 統帥権
の問題
をおおきくとりあげているね。
私 :軍部は 統帥権 を利用して次第に政治力を発揮するが、これにより帝国憲法はその立憲主義的性格を発揮できず、 断片的な条文が独り歩きする中で全体が否定される運命を辿る 。
明日は、その「 権力の割拠性 」にふれよう。