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A 氏 :今日の夕刊に「 歴試学のススメ 」という新聞欄があったね。
新しくできたのだろうか。「 歴試学 」とは「 歴 史を大学入 試 問題で 学 ぶ」の略語だと解説にある。
私 :今回の 入試問題 は 今年の 東大の日本史の問題 だね。
問題の要旨は大筋次のようなものだね。
「 大日本帝国憲法は上からの『欽定憲法』だが、当時の民権派が憲法の発布を祝ったのは何故か 」
A 氏 :君の「 立憲主義知的街道 」で先週、 明治憲法 を集中的にとりあげたが、偶然、これにぶつかったね。
私 : 憲法によって国家権力が抑制されるという原理 が 立憲主義 だね。
すでにブログでふれた通り、 明治憲法の創案者の伊藤博文 は 天皇の統治権には制限がある としていたね。
A 氏: 君のブログ 「 明治憲法の思想 」・ その4 によると、 伊藤博文 は、「統治権を総覧するのは主権の『 体 』で、憲法の条規によりこれを行うのを『 用 』という」として、「 体 」と「 用 」を分けている。
「 体 」によって日本は共和制でなく、 君主制 であるが、「 用 」によって、 君主に制約のある立憲政治 であるとしているね。
私 : 1874 (明治7) 年 、 民権派 の 板垣退助 らが 民選議院設立建白書 を提出している。
そして 公選による議会の開設 は憲法発布の 翌 1990 (明治 23 ) 年に実現している。
憲法には立憲主義の原理が貫かれており、議会を通じて自らの意見を政治に反映できると考えたので、憲法制定ではカヤの外に置かれながら、 民権派 はこれを良しとして 憲法発布を祝った わけだ。
A 氏 :そうして、 大正末期から昭和初期 には 2 大政党が政権を争う「 憲政の常道 」が実現し、 大正デモクラシー となる。
私 : 非民主的 とされる 帝国憲法 も本質的にデモクラシーが可能だったが、「 運用 」で軍部によって破壊される。
現在の民主的だという 日本国憲法 も「 運用 」によって破壊されるかもね。