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私 : 1970 年前後 の 日米繊維交渉 の過程で、 ニクソン米大統領 が 佐藤栄作首相 宛てに「 失望を隠すことができない 」との異例の書簡を送っていたことが、 外務省 が 24 日 に公表した 外交文書 で裏付けられた。米国はすでにこの書簡を公開していたが、日本では今まで存在が確認されていなかったもの。
A 氏 :これはこのブログの「 戦後史の正体 」 でとりあげられているように例の 1969 年 の沖縄返還のときの「 密約 」に関係しているね。
実は、このとき、 密約には 、「 核持ち込み密約 」以外に、 1970 年 からの「 繊維の輸出規制についての密約 」もあったが、 佐藤首相 は「 繊維の輸出規制」の密約 を守らず、日本の 業界の自主規制という緩い規制 にしたんだね。
私 : 71 年 3 月 12 日 付の ニクソンの書簡 はこの 自主規制 に言及したもので、書簡からは 佐藤首相に対する激しい怒りと不信感がにじんでいる という。 密約 を担当した キッシンジャー も激怒。結局、日本側が 米国の主張通りの厳しい輸出規制 と 2 千億円 の業界補償 で結着。
A
氏
: 「 戦後史の正体
」によると、
それから
ニクソン大統領
の 佐藤首相への報復
が始まるね。
第
1
弾
は、
1971
年
7
月
の ニクソンの突然の中国訪問
で、日本に 事前連絡
をしなかったことだ。
私
: 第
2
弾
として、ニクソンはわざわざ日本の敗戦日の 8
月 15
日
を選んで ドルと金との交換停止と 10
%
の貿易課徴金を日本に課すと発表。
第
3
弾
は、 尖閣諸島
について日本の主張に対する支持を修正して あいまいな態度
をとるようになったことだ。
ついに、
1972
年 7
月
佐藤首相
は辞任。
それにしても 沖縄密約 は米国では公開されているのに、日本では外務省に元新聞記者らが求めた 情報公開訴訟 で 今年 7 月 14 日 、 最高裁 は 原告側の上告を退ける判決を出したね。これで 。 国に開示を命じなかった二審の東京高裁判決が確定 。 密約文書は「探したがない」との国の主張 を認めたわけだ。 それが今回はその 密約 につながる ニクソン大統領の書簡 が 外務省 から公表されるとはね。
今も オバマ大統領の TPP 問題と尖閣諸島の米国防衛義務 とからんでいるのは 同じパターン だね。米国側は 農産物大幅関税引き下げを要求 しているが、 尖閣 にからんで、日本側が 想定以上の代償 を払うことになるのか、またまた、 日本外交の真価 が問われるね。