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私 :今、 図書館 から借りた「 日本のいちばん長い日 」を読んでいる。 8 月 15 日 頃に読みたかったんだが、予約待ちで遅れた。
この本は、 8 月 14 日正午 までの プロローグ とその後は、 15 日正午 の「 玉音放送 」までを 1 時間毎に区切って、当時の文書、関係者の日記、ヒアリングなどで詳細に経過を記述している。詳しい引用先と人名索引まである。 名著 だね。
A 氏 : 文藝春秋 11 月号 の 半藤一利氏、保阪正康氏、御厨貴氏の鼎談 による「 『昭和天皇実録』の衝撃・戦後編 」で 8 月 15 日前後 を取り上げているが、「 日本のいちばん長い日 」との違いがあったかね。
私 :「 実録 」は 半藤 氏の「 日本のいちばん長い日 」をなぞったような内容だと評価しているね。これは 映画 になっているが、 昭和天皇もご覧になっている という。
「 日本のいちばん長い日 」の中で 半藤氏 が疑問に思っていたのは、 8 月 13 日朝 に 陸軍大臣阿南惟幾 に 天皇 が「 国体護持には確信がある。心配しなくていい 」と言われたことだという。
それが今回「 実録 」を丹念に読むと 天皇は短波放送をじつによく聞いている ことがわかったという。対日心理作戦として放送されていた「 ザカリアス放送 」も 短波放送 だから全部天皇は聞いていて、 米英が皇室保護の方針を決意していたことがわかってきた という。
A 氏 : 天皇 は 米国の短波 で 日本軍の所在 を正確に知っていたんだね。
陸海軍は 天皇 に本当のことを報告しないから、 アメリカの放送 を頼りにしていた。
私 :「 情報、天皇に達せず 」とよく言われるが「 短波放送、天皇に達す 」だね。
「 大本営発表 」を 天皇 は信じていなかったんだね。
これはかって、 山本七平 氏の本にあったが、終戦間際、陸軍が「 本土決戦に備え、九十九里浜に陣地を構築し備えていま す」というので、 天皇 はこっそり侍従を 九十九里浜 に行かせたという。
当然、 九十九里浜 は無人で 砂浜が自然の姿のまま であり、その旨、天皇に報告されたという。
日本のいちばん長い日
」の読書は
14
日
の午後
8
時―
9
時の項目に入った。
日本の政治家、軍幹部が右往左往する姿は、 歴史上初めての日本の敗戦時 の上層部の姿をよく描いているね。