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Ryu-chan6708

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2014.11.03
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【楽天ブックスならいつでも送料無料】江戸の貧民 [ 塩見鮮一郎 ]

江戸期 穢多 を管理する代々 弾左衛門 という家系がある。その役のひとつは、 奉行所 に係る仕事で 処刑の手伝い 牢屋敷の掃除 浮浪者の取り締まり である。もう、ひとつの大きな仕事は 皮革生産の管理 だね。

どちらも 死の穢れ に接し、 弾左衛門 は、その管理のトップの役だが、ここに派遣された さむらい は大名並みの扱いを受けた。 弾左衛門 の下には 地方の小頭 がいて管理していた。

鎖国 前は、皮革製品は輸入できたが、鎖国後は品不足になり、 穢れ意識 にとらわれた農民は死んだ牛馬を自分で解体しないで 穢多身分 に依頼する。鎖国の仕上げ後、あらゆる農村に 穢多村 がつくられた。 穢多 はバラした後、女子供はみんなして肉鍋を囲んだという。

A 皮革製品 の生産増で、 部落民 の人口が増加して栄養がよかったようだ。 農民 のほうは「 間引き 」しているというのにーーー。しかし、 穢多 アパルトヘイト のように 町民 とは隔離されたんだね。

弾左衛門 は、江戸の人口が増えてきたとき、 ロウソクの灯心 の生産に目をつけ、幕府から 専売権 を得る。

また、 猿回し をやる「 猿飼 」の一族も各地の 穢多小頭の管理下 におかれた。

十二支 」では「 馬は火気で猿は水気 」で、 猿は馬の病を防ぐ ということから、軍馬を持つ大名は馬に関することなので 穢多頭に管理 をまかせ、 猿回し は武士の厩で猿回しを披露して、馬の健康を祈った。

A :ところで江戸時代の身分制は「 士農工商穢多非人 」というが、 穢多 非人 はどうちがうのかね。

穢多 は武士階級の誕生とともに生まれ、主として「 穢れ 」に関する仕事をし、 町奉行や牢屋奉行を通して管理 されていた。

非人 のほうは社会からはじだされた落ちこぼれだね。 江戸 が都市として落ち着くまで 50 はかかっているが、その間、 人口は増加 している。

特に 寛永 19 年( 1642 大飢饉 がピークとなり、百姓は田畑を捨てて 江戸に逃げ て、 江戸 の路上には、 むしろをかぶった者 があふれた。これらが 非人 だね

これらの管理にはボスである「 非人頭 」が何名かいた。

奉行 は、かれらに管理を命ずる。これが、徳川独自の「 非人制度 」だね。



 明日は、これについてふれよう。






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Last updated  2014.11.03 08:52:50
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