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私 : 大阪大学 特任准教授神里 氏は、 1986 年 、「 リスク社会 」という概念を提示した ドイツ の社会学者ウルリッヒ・ベック 氏が元日に逝ったと書き出している。
彼の提示した考え方 は、 近代の初期 は、「 モノ 」の生産こそが 社会の中心的関心 であり、 適切な生産と公平な富の分配 こそが、 政治的課題の要 となり、 20 世紀 は 自由主義と社会主義の対立 が顕著であったが、その意味では 両陣営ともに同じ平面 で戦っていたことになるという。
だが、徐々に「 モノ 」が充実していき、また 福祉などの制度的な整備 も進んでくると、人々は生産に伴って現れる「 リスク 」の方にむしろ注目するようになる、というのだ。
A 氏 :「 リスク 」というのは「 不安 」でもあるね。
私 :「 リスク 」は 2つ あり、 1つ は、物質的な充足によって、あたかも白い服には小さなシミも目立つように、「 小さなリスクでも目につくようになる 」という「 認識の変化」という側面 と、もう 1つ は、 環境汚染や巨大な事故 が生じている「 実在の危険 」 そのものが、新たに生じている側面 があるという。
A 氏 :最近の 食品の異物混入 などは「 認識の変化 」による「 リスク 」かね。
私 :これを メディア が集中的にとりあげると 大きな課題 になり、 危険性を強調する「燃料投下型 」と 過剰報道を批判する「火消し型」 の 両方の論調 が出る。そうすると人々は「 心配すべきか否か 」悩むことになる。
このような現象こそが、「 リスク社会に典型的な兆候 」であって、我々が「 本当に危ないかどうか」が分からない のは、 我々の認識がとても「間接的」だ というところ に 行き着くという。いわば、 高度に分業化 された、 この社会の仕組みそのものが原因 なのだ。
そこにはいつも、 2つの壁 が立ちはだかる。 1つ は今回注目した「 メディア 」であり、もう 1つ は「 専門知 」という論点であるという。
A 氏 :我々は 異物混入 の 現場 を知らないし、「 メディアの情報 」と「 専門家の知識 」にしかたよざるを得ない。
私
:
氏は、ここまで来て、「いいところで紙面が尽きてしまった。この続きは、また来月」と終わっている。来月に期待したい。
その間、神里氏の著書「 没落する文明