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私 :今も、 最後の激戦地 「 バルシャガル高地 」北縁に 旧ソ連 軍の陣地跡 がある。
地元の研究者も全く知らない戦跡だった 高台約1キロの間に 4重の塹壕 が掘られた、 多層防護の構造が特徴 だという。
旧ソ連軍の野戦陣地の基本形 とされる「 縦深陣地 」の跡だという。今は、随所にさびた有刺鉄線が転がっているという。
小説家の五味川純平 氏は 記録作品「ノモンハン 」( 1974 年 )で、「 縦深陣地 」に繰り返し言及していた。
「『 陣地が厚いというか、縦深がともかく深いから、一線を抜いても、二線に引っかかって潰されてしまうんだ 』。作中、 従軍の元兵士 は語る。『 (敵戦車は)火焔瓶で面白いように燃えた。しかし、あれは窮余の一策だね。まともな戦法じゃない。何十トンもある鉄の塊が走って来るんだろ、それへ人間がサイダー瓶を持って跳びかかって行くなんて、正気の沙汰じゃない 』」
A
氏
: ノモンハンの停戦
時、 五味川
氏は
23
歳
。「 兵隊が支援砲火もなしに戦車と闘わされているということが、強烈に心に灼きついた。いつの日にか、私たちもそうなるであろう
」と、 当時の感慨
を作品の冒頭に記した。
そして 6年後
、 関東軍兵士
となった彼は はるかに劣勢の戦場へ投入
されたね。
私 : 第2次大戦最末期の 45 年 8 月 13 日 、 彼 は 旧満州(現・中国東北地方)東部国境でソ連軍戦車部隊に遭遇 。 中隊 158 人中、生存は 4 人 。「 手榴弾を二発結束して戦車の腹へ叩き込んだが、牛の腹に小石を投げたほどのこともなかった 」という。
6 年間 で進んだのは 兵器の性能 よりも、 人間を消耗品と見る日本軍 の発想 だったと感じられたという。
A 氏 : 五味川 氏は生き残った兵士らを指揮して満州を逃げ延び、日本へ奇跡的生還を果たす。この体験を基にした 長編小説 「人間の条件」( 58 完結 )は、 全6巻で計1300万部 を超えるベストセラーとなったね。
私 : 兵器の劣勢は兵士の血と肉で補われた 。「 勇敢だけでは砲弾の炸裂には耐えられない 」。作中、 五味川 氏は 軍幹部らの無策 を怒りながら慨嘆した。
「 ノモンハン戦はそれを証明したが、帝国陸軍はその証明を認めようとしなかった。砲火に対しては夜襲による突撃を、戦車に対しては肉攻を、という基本方式を変えることなく、大戦へ突入した 」ことになるね。
ノモンハン事件
は、
2
年後に始まる太平洋戦争の結果
を予測していたね。