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私 :「 一本の鉛筆」 という ひばりの歌 は、 彼女の数多い持ち歌 の中でも 一見異質な存在 だが、 ひばりは自選の10曲の6番目に入れている という。
「 皆さんにぜひ愛していただきたい歌 」とも語っていたという。
俺 は、この 新聞記事 で、はじめて知って、 YouTube で検索して聞いたね。
モチーフは広島の原爆 。
1974年8月に開催された第1回広島平和音楽祭のために作られた もので、 作曲家の古賀政男が実行委員長 で、 その要請でひばりは快諾して参加 したという。
A 氏 : この年はひばりの歌手人生の転換期 で、 ヒット曲 が出ず、 弟の恐喝事件や暴力団問題などもあり73年にはひばりのショーは公共施設の使用を拒否 され、 紅白歌合戦にも落選 しているね。
私 : ひばりの戦争体験 は、ちょうど、 8歳の誕生日に 横浜大空襲 に遭い、 父が徴兵されるのを見送ったこと だという。
A
氏
: 1945年5月29日、午前9時22分、B29
が517機、P51が101機、計618機の米軍機が横浜に来襲
し、一説によると 35万発、2570
7
トンの焼夷弾を投下
した(これは 東京大空襲での焼夷弾1700トンを上回る量
)。
この空襲での犠牲者は約8000人と推定され、横浜は阿鼻叫喚の地獄
と化した。
私 :「 一本の鉛筆 」は、 音楽祭を総合演出した映画監督の松山善三氏が作詞 。
《一本の鉛筆があれば 八月六日の朝と書く
一本の鉛筆があれば 人間のいのちと 私は書く》
一人でも一本の鉛筆で反戦を訴えることができるというメッセージ だね。
作曲 は黒澤明監督の映画音楽を手がけた故佐藤勝 氏。
A 氏 : ひばりは横浜の磯子の育ち で、 磯子区役所前に没後20年に当たる2009年に生誕記念碑 が作られている。
私 :この新聞記事を書いた記者は 郷土のフリーライターの今津 氏を訪ねる。
氏 は「 この歌を『反戦歌』というが、ひばりにはそんな意識がなく、彼女はそんなタイプでない 」という。
ひばりと同じ年の今津 氏は「 戦争は怖い。戦争は嫌だ。これは実際に戦争を体験した人間なら誰もが持っている理屈抜きの思いだった。そうした素朴な思いをひばりは素直に表した。いくらか異質な歌に見えるけど、ひばりの中では何の抵抗もない自然な歌だったはず 」だという。
ひばりが世を去って27年 。
この曲は2008年にCD化 されたが、 71年経った敗戦記念日 にこの歌は誰かによって 歌われるだろうか 。