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私 : 池澤 氏は先日、 日本の小説では主人公の男性はもっぱら姓 で呼ばれ、 女性の方は名で呼ばれ、習慣的にそうなっていることに気づいた という。
かつて日本では女の名が優先された 、というのは 丸谷才一氏の説 で、「 お軽・勘平 」とか「 小春・治兵衞 」、「 お初・徳兵衞 」であったという。
A 氏 : 小説 で、 女が名で呼ばれるのは、社会に出て姓で呼ばれる場面が少なかったからで、子供や使用人と同じ扱い 。
私 : 池澤 氏は、先日、 フィンランドの外交官の半分が女性である という話を聞いた。
日本の場合は外交官の中で女性はわずか5・3% 。
お隣の韓国 では 外交官試験合格者の七割強が女性である という。
A 氏 : 日本での女性の社会進出率は極端に低く、先進国中最低 はおろか、 144カ国の中で111位 というまこと情けない位置で、 2012年には101位だったから、更に下落 。
ちなみに フィンランドはこのリストで2位 。
女は家で子供を育てていればいい、という考えが今もって国会と政界と財界の中心に腰を据えていて 、いわゆる ガラスの天井がとても低いところにある 。
社会が育児を支援しなくて どうして 出生率が上がる だろう。
この事態を明快に訴えたのが 去年の「保育園落ちた日本死ね」というブログの言葉 で、「 どうすんだよ私活躍出来ねーじゃねーか 」は 政策の欺瞞を正面から突いた と 池澤 氏は 評価する。
私 : 池澤 氏は言う。
「 実際、このままで行けば日本は死ぬ。正月から敢えて縁起でもないことを言うが、出生率が上がらず、国民の半分の才能・能力を捨てて、既得権益 にしがみつく男どもの言いなりになっていたら、日本は死ぬ。男女格差、今は世界で111位、最下位まで33位分しかない。『どうすんだよ』 。」
昨日のブログ 「2020年代、『3度目の日本』創造」 の 堺屋太一 氏のいうように、「 荒涼たる日本が残るのか、それとも新しい楽しみが生まれるのか 」だね。
A 氏 : 池澤 氏は、 ここ数年、「 日本文学全集 」というものを作ってきたが、その途中で不思議に思ったのは、 奈良時代から平安時代まであんなにたくさんいた女性の歌人や作家が、ある時期から急に姿を消したこと だという。
「万葉集」から「源氏物語」や「枕草子」へ、女性は大いに活躍 。
紀貫之 などそれにあやかりたくて「 土佐日記」を女性になって書いたほど 。
盛期を終えた後 、 明治になって樋口一葉が現れるまでの間、日本文学 史に女性の名はまこと少ない。
私 :そうだね。
平安時代以降、女性の活躍が急にしぼむ ね。
分水嶺は応仁の乱 だったといい、 支那学の内藤湖南 は、「 応仁の乱の前の日本はまるで外国のようだ 」と言っているという。
戦争が終わって、 憲法 が新しくなって、 女性の地位は本来の位置に戻る かと思われたが、 背を伸ばして立てば頭をぶつける低いところに今もガラスの天井 があり、 女たちは今もって腰をかがめることを強制されている と 池澤 氏は 指摘 する。
A 氏 :しかし、 池澤 氏は「 ぼくが知るかぎり唯一の例外は文学だ。芥川賞 を例に取ると、ここ数年の受賞者は男性が6名、女性が7名。選考委員の性比は女性4人、男性6人。ぼくが選考委員になった22年前には男が10人に対して女性は2人だった 」という。
私 : 池澤 氏は、 文学はこの方面で社会を牽引し、古代に回帰させている という。
しかし、 企業 でも このブログの 「カルビー 女性奮闘、さくさく時短術」 でとりあげた カルビーの松本会長 のように、 09年6月に就任 したときに、 カルビーに感じたのは「なんだ、男村じゃないか」だ という 。
すぐに「 女性の活用なくして成長なし 」と 社内に宣言した 。
そのとき、 ある部長 は、「 この会社、1世紀遅れているね 」と 会長に声をかけられたことを覚えている という。
カルビーは女性の活躍で、会社は急成長している 。
昨日のブログの堺屋太一
氏のいう「 3度目の日本」創造
には、 女性の活躍が鍵をにぎっている
のだろうか。
奈良時代から平安時代の頃のように女性の活躍が期待されるね。